「その後」の世界をみっちり描く『SF核戦争後の未来・スレッズ』
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ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始して、本稿を書いている3月6日現在ですでに10日。停戦協議が幾度か行われるものの戦闘は各地で継続しており、事態は一向に収まる気配を見せない。プーチン大統領が核使用を仄めかしているのは、相手の戦意喪失を狙った建前的なものだろうと思いたかったが、その精神状態を疑問視する声が報道されており、あれ、これマジで本格的にやばいんじゃないの、という不安感が日に日に高まる。早い話、冷戦時代に逆戻り、むしろ当時より直接的に世界が危険な状態に陥っているのではないか。
そうした状況下で現実味を帯びてくるのが、『SF核戦争後の未来・スレッズ』だ。本作は冷戦真っ只中の1984年(この時期を「冷戦真っ只中」と呼ぶことに異論がある方もいると思うが筆者の時代感覚と割り切って読み流してください)に、イギリスの国営放送BBCが制作、放送したテレビムービーで、確かにテレビ用ならではの寄りの構図が多いが、緊迫感は並の映画の比ではない。
物語は、ソ連がイランに軍事侵攻し米軍と衝突、全面核戦争の可能性が報じられ緊張状態が高まる中、イギリスの地方都市シェフィールドで望まぬ妊娠を経て結婚準備をする若いカップルの全然楽しくなさそうな日々からスタート。邦題からしてすぐに「核戦争後の未来」になるのかと思いきや、前半は米ソとカップル両者の不穏な状況を並行しながらじっくりみっちり積み重ねていく。反戦デモをしたり田舎に逃げたりする人たちも描かれつつ、戦局は悪化する一方。そして発射される核ミサイル。
前半の不安感もなかなかのものだが、本作が本格的に恐ろしいのはここからだ。徹底したリサーチとシミュレーションによって、世界に死の灰が降り注ぐとどうなるのか、これまたじっくりみっちり描かれるのである。核爆発による大怪我や後遺症に苦しみながら、じわじわやってくる死の気配。食事や水を求めて起こる暴動や略奪。数年にまたがり復興の気配が見えない世界。次世代に引き継がれず退化する言語コミュニケーション。制作年度を考えるとフェイクではなく本物なのではないかと思われる、犬猫好きにはショッキングな描写もいきなり出てくるので注意。
鑑賞しながら思い出したのが、筆者の中学時代の同級生がある日の下校時に夕日に向かって突如発した「早く第三次世界大戦が起きないかなーっ!」という叫びだ。これだけだとなんのことやらわからないだろうが、彼の普段の言動から察するに、世の中が核戦争でひっくり返って自分にとって都合の良い世界を渇望する想いだったのではないか。早い話、学校や日々の生活に不満があり、それを一旦チャラにしたいリセット願望のようなものが、抑えの効かない中学生の身体を通してそのまま言葉として噴出してしまったのだろう。
もっとも、中学生の発言なので仕方ないのないことですねと、この件だけに特化できれば良いのだが、今回のロシアとウクライナの状況について、というかそれ以前からのコロナ禍についても、明らかに憂いているのではなくはしゃいでいる人たちがSNSのみならず現実においても少なからず観察されるところからして、あいつだけじゃないんだな、中学生だけじゃないんだなと、暗澹たる気持ちにさせられる。おそらく彼らは『マッドマックス2』や『北斗の拳』、あるいは『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』のような、文明崩壊後の世界でのびのび生きる自分を夢想しているのだろうが、『SF核戦争後の未来・スレッズ』も見ておけ、こういう状況になったらお前も死ぬんだぞ、ということは伝えておきたい。
文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
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