【無観客! 誰も観ない映画祭】第6回 『ドカベン』
- 『ドカベン』
- 橋本三智弘,高品正広,永島敏行,川谷拓三,マッハ文朱,山本由香利,渡辺麻由美,吉田義夫,中村俊男,藤本勇次,堤昭夫,飯塚仁樹,大蔵晶,小松陽太郎,高木哲也,水島新太郎,小松方正,無双大介,田辺節子,南利明,佐藤蛾次郎,清水昭博,中田博久,水島新司,掛札昌裕,鈴木則文
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『ドカベン』
1977年・東映・84分
監督/鈴木則文
脚本/掛札昌裕
出演/橋本三智弘、高品正弘、永島敏行、川谷拓三、マッハ文朱、山本由香利、水島新司ほか
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新年明けた1月10日、野球漫画の大御所・水島新司先生が逝去されました。野球漫画が巨人一辺倒だった頃、巨人のドラフト1位指名を蹴り阪神タイガースに入団する藤村甲子園の高校時代をメインに描いた『男どアホウ甲子園』(70年連載開始)で水島先生はブレイクしました。その勢いで描いた『ドカベン』(72年連載開始)も大ヒットし、主人公の山田太郎はプロ野球編で西武ライオンズに入団。さらに架空のプロ野球リーグで万年最下位に喘ぐ東京メッツの群像劇を描いた『野球狂の詩』(72年連載開始)、野村監督率いる南海ホークスで飲酒しながら試合に出る景浦安武の代打人生を描いた『あぶさん』(73年連載開始)と、巨人以外を舞台にした名作を連発しました。
1977年に東映はゴールデンウィークの興行をローティーン層に絞り、単行本の売上総計1200万部、放送中のアニメが視聴率20%を超える『ドカベン』に目を付けました。物語は冒頭からこんな感じです。子供達(水島先生の実子、新太郎・慶司郎兄弟が混ざっています)が書店で『ドカベン』全巻を大人買いしていると、山田太郎そっくりな学生が下駄を鳴らして目前を走り抜けます。子供達が「あっ!」と驚いていると、店の前に立て掛けてある『ドカベン』単行本の宣伝看板から等身大の山田太郎イラストが人型に抜けていた!
劇中にはこんな荒唐無稽ギャグが満載で、これは「トラック野郎シリーズ」や『温泉みみず芸者』(71年)などでナンセンスギャグやエロギャグを発揮していた監督・鈴木則文、脚本・掛札昌裕の黄金コンビがなせる業でしょう。彼らは純粋に子供達を喜ばせようと、水島先生の漫画表現を忠実に描いたのです。しかしそのため実写版『ドカベン』は、めでたく怪作の仲間入りとなりました。
同時上映の『恐竜・怪鳥の伝説』もカルト映画だ!(映画『ドカベン』パンフレット表紙より/筆者私物)
さて漫画の実写化となると、ファンが納得しない俳優を起用したら最後、ソッポを向かれてしまいます。東映は一般公募によるオーディションを開催し、2700名に及ぶ公募者の中から笑っちゃうほど原作キャラそっくりな主要三役を選出しました。
山田太郎は甲子園の通算打率7割5分、プロ入りすれば三冠王という超天才捕手。山田の肩掛け学生バッグいっぱいに詰まったドカ弁(大容量のアルミ製容器に入った日雇労働者の弁当)がタイトルの由来です。選ばれたのは、日大横浜高校野球部に在籍していた顔も体型も山田太郎そっくりな橋本三智弘。彼の芸歴はこの作品だけで、その後どうしているのかは不明です。
そしてホームランバッターながら打順1番、資産家のオボッチャマゆえ長屋に住む山田家で生まれて初めてサンマを食べ「マズイ、マズイ(本心=美味い)」と感激する破天荒キャラの岩鬼正美には、建設業のバイトをしながら東映の特撮番組や刑事ドラマなどで3年間の下積みを重ねてきた高品正弘。これまた漫画から抜け出してきたようで、185センチのガタイに学生帽を被る姿は岩鬼そのもの。常に葉っぱをくわえ、口癖の「なぬ?」も板に付いていました。高品は同年の東映特撮番組『大鉄人17』に岩山鉄五郎という役でレギュラー抜擢され、「甲子園に出場した野球部OB」という肩書の岩鬼に酷似した扮装で出演、さらに山田太郎の妹・サチ子役の渡辺麻由美も共演し、マニアはニヤッとさせられました。
もう一人の長島主将には後の大物俳優・永島敏行。千葉市立高校野球部を経て、オーディション時は専修大学の準硬式野球部に在籍していました。永島は翌年の寺山修司脚本『サード』で主役を掴みブレイク、その後は実直寡黙な雰囲気から軍人役俳優としてのキャリアを積み重ねていきます。
その他のキャストは、岩鬼の不美人マドンナ・夏川夏子に、真っ赤な頬紅を塗られソバカスだらけに不細工メイクされた人気女子プロレスラーのマッハ文朱(ちょっと可哀そう)。極め付きは、曲者の2番打者で将来は世界的なピアニストになる殿馬一人。天才的な音楽のリズムで好打・好守を連発し、「秘打・白鳥の湖」や「秘打・美しき青きドナウ」「秘打・G線上のアリア」などの魔球ならぬ秘打は子供達の間で人気でした。この殿馬が大のお気に入りのイチローは、なんと水島先生に「絶対オリックスに入れてください! 僕が1番で殿馬が2番!」と直訴し、これがプロ野球編で実現してしまいます。演じたのは何と、撮影当時35歳でチンピラと犯罪者しか演じていない川谷拓三! 似てないし、どう見ても高校生には見えません。これはミスキャストではなく、東映が敢えて違和感を狙った確信犯でしょうね。
そして終盤にサプライズが! 常に酒を離さない酔っぱらい老人の徳川監督を、なんと水島先生本人が演じます。自らノックバットを振り、バッティングピッチャーまで買って出ます。先生はボッツ(漫画のボツから)という草野球チームを持ち、お飾りではなく年間何十試合もプレーする現役選手でしたからお手の物です。
と、これだけ述べておいて何ですが、実は劇中に野球の試合シーンは一切ありません! 柔道部から紆余曲折を経て野球部に入った山田太郎のユニフォーム姿をラストカットに「かくして明訓野球部は高校球児達の夢 甲子園球場目指して突撃を開始したのである」と終わってしまいます。もともと原作は中学校の柔道部活から始まりますが、映画では高校スタートに変更されます。東映が凄いのは、『ドカベン』が企画時に野球漫画として大ブレイクしているにも関わらず、単行本だと7巻分、アニメだと1クールを費やした柔道編(充分、面白いのですが)をメインにしたところです。さらに原作で山田とバッテリーを組む女子人気ナンバーワンのイケメン投手・里中もバッサリ切り捨てられました。当たったら里中が登場する続編を目論んでいたのでしょうか? コケましたが......。
筆者の青春時代は野球に明け暮れましたが、お世辞抜きで水島作品がバイブルでした。楽しい作品で楽しませてくれた水島新司先生のご冥福を心からお祈りいたします。
(文/シーサーペン太)
シーサーペン太(しーさー・ぺんた)
酒の席で話題に上げても、誰も観ていないので全く盛り上がらないSF&ホラー映画ばかりを死ぬまで見続ける、廃版VHSビデオ・DVDコレクター。「一寸の駄作にも五分の魂」が口癖。