『ヘルタースケルター』逃れられない美への虚栄心に心が冷える
- 『ヘルタースケルター スペシャル・プライス [DVD]』
- 沢尻エリカ,大森南朋,寺島しのぶ,綾野剛,水原希子,新井浩文,鈴木杏,蜷川実花
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岡崎京子の原作漫画を蜷川実花が監督し、沢尻エリカのヌードシーンなどで話題を集めた本作を今更紹介するのはネタの鮮度としていかがなものかと思うが、別に映画の世界観やら作品の質について語る訳ではない。そんなもの、公開当時の2012年に数多の映画評論家が散々やっている。真っ当な映画評論を読みたかったら、眼前にある電脳の箱や手に持っているスマートフォンなどで検索したらいいと思うよ。
今回焦点を当てたいのは沢尻エリカ演じる主人公りりこがマネージャーやその彼氏を自分の意のままに操る素敵な姿一点のみ。作中では美貌が崩壊する恐怖や、彼氏(窪塚洋介)との関係が上手くいっていないため、彼女をそのような行為に走らせる描写があるけれど、沢尻クラスの美女に奴隷のように扱われるなんて、一部の紳士淑女にはご褒美でしかない。ご褒美だけど、どうしてそうなってしまうのかを本作を視聴して考えてみたい。
「この映画、観てねぇよ!」という方のために、あらすじをかいつまんで説明すると、全身整形をして類まれなる美貌を手にした人気ファッションモデルりりこが美容整形の副作用と仕事のストレスや私生活から心身を蝕んでいく。また、後輩の天然の美人モデルが人気を博すことでメンタルはボロボロ。いつもキメていた違法薬物の量が激増して、りりこを更なる狂気に走らせる。内容だけを書くと死ぬほど陳腐だけど、本作は面白いので映画って、本当にいいものですねぇ。
内容はおよそ上記のようなものだが、書きたいのは美への虚栄心である。りりこは後に奴隷となってしまうすっぴんのマネージャー羽田美知子(寺島しのぶ)に高級化粧品をあげる。
高級化粧品はドラッグのようなものだ。「私、安いコスメで満足なんです」なんて言っている人間でも1度手を出せば、もう元には戻れなくなる。
効能のせいもあるし、高級化粧品を使う自分という虚栄心も止められなくなるなど、理由は様々だ。特に美貌という才能を持たない人間には、手っ取り早く美しくなれるもの。だから、りりこは羽田に「ドラッグのようなものだから」と呟く。
ちなみに原作では羽田は高級化粧品の魅力に取りつかれ、りりこから離れられなくなった挙句、りりこの言いなりになってしまう。本作でも羽田はりりこの性処理として扱われたり、羽田の彼氏である奥村伸一(綾野剛)をおもちゃにされても彼女に魅了される。高級化粧品の魔力すごい。
かつて『暮らしの手帖』で高級化粧品と安物の化粧品の商品テストをした結果、ほぼ効能に差はなかったという記事が掲載された。おそらくそれは事実なのだろう。だが、「高級化粧品を使う私」という虚栄心は未だ消えることなく現在も存在しているのは、コスメ関連の商品を見れば明らかだ。
登場人物はほぼ女性だが、男性だって美への虚栄心がない訳ではない。仮に「ファッションや美容に興味はない」という人間がいたとしても、彼に優れたデザインの洋服や化粧品を与えたなら、たちまち前言撤回するだろう。興味のない素振りをしている人間の大半は美への関心がないのではなく、自身の欲求を理解していない可能性が高い。
「服なんて布じゃん。化粧品なんて液体じゃん」。それは事実だけれども、そんなものが手軽に美しくなれるような錯覚を与えるから人を簡単に狂わせるのだ。いくら高尚な寝言をほざいても、美という見てくれのハリボテから逃れられない我々の浅ましさに心が冷える。
本作のテーマの一つは美に対する欲求である。化粧品をきっかけに堕落する様に本質が凝縮されていると考えるのは、いささかうがち過ぎだろうか。
(文/畑中雄也)