まるでWWEみたいな人生を駆け抜けた、ある男の物語
- 『マン・オン・ザ・ムーン デラックス版 [DVD]』
- ジム・キャリー,ダニー・デヴィート,コートニー・ラヴ,トレイシー・ウォルター,フィリップ・レンコフスキー,ミロシュ・フォアマン,ダニー・デヴィート,ステイシー・シェア
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コメディアンと呼ばれることを拒否し、最期の時まで独自の哲学を貫いた男の生涯を綴った『マン・オン・ザ・ムーン』(1999)。この映画から伺えるその破天荒な生き様は何だか"ひとりWWE"のようでした。
『マン・オン・ザ・ムーン』は、1970年代中盤から80年代中盤のアメリカ・エンターテイメント界を怒涛のように駆け抜けた実在の人物「アンディ・カウフマン」の伝記作品で、主演はカウフマン同様にコメディ畑出身のジム・キャリー。
映画は、カウフマンが場末のショーパブから数々の番組出演を遂げる人気エンターティナーに登り詰める中、マンネリ化を嫌い、周囲の声を無視して人を食ったような笑いに次々挑戦。おかげで肺がんに侵されたことも世間に冗談と取られるも、開き直って夢の舞台カーネギー・ホールでのワンマンショーを実現し、35歳の命を全うするまでを描いています。
さて、カウフマンが演じた数々の役柄で特に特別なのが「トニー・クリフトン」という舌っ足らずな毒舌歌手のキャラクターなのですが、プロレスで思い当たるのが、武藤敬司と「グレート・ムタ」の関係性。カウフマン自身よりクリフトンの方がファン受けが良かったというのもムタ・ブームと被ります。
また、カウフマンのモットーは「ヒール(悪役)はウケる」で、その芸風は公序良俗に反する悪フザケだけど、その実、考え抜いた緻密な仕掛けによるもの。この辺り"悪の絶対権力者"として数々の悪辣行為を繰り返したかつてのマクマホン会長的!
そして、物語中盤(史実では82年)には女性を相手にした「素人プロレス」に手を染め、ついには本物のレスラー、ジェリー"ザ・キング"ローラー【※1】との抗争へ。本作映画化に当たって、キング当人が本人役で出演したことも話題【※2】になりました。
いみじくも「ショーとしてのプロレス」の仕組みを示唆するようなシーンがいくつも内包されている本作。トークショーやリング上で激しくやりあっていた筈のカウフマンとキングが、マネージャー(カウフマンを見出したジョージ・シャピロ)から"抗争企画終了"を通告され、お互いに最高の経験だったと振り返るシーンもあります。このシーンも含めて、作品演出上、誇張されている節はありますが、まさにプロレスが信頼関係で成り立っていることを示していると言えます。
また、前述の抗争は「素人 vs. プロ」抗争の走りとなり、WWEでは年間最大イベント「レッスルマニア」におけるセレブ参戦ネタとして、今も引き継がれています。個別ケースでは、ブリトニー・スピアーズの元旦那ケヴィン・フェダーラインがジョン・シナと抗争を演じたことも。日本では、ゴージャス松野(女優・沢田亜矢子の元マネージャで元夫)や和泉元彌辺りが割と有名ですね。
尚、件の芸風と余りに劇的な去り際だったせいで、未だにカウフマンの生存説を信じる人々がいるそうです。確かにそのWWEみたいな人生を振り返ってみれば、乗り込んだリムジンが爆破されたり、セットに挟まれたりしても元気に登場しているマクマホン会長のケースがあるから、死んでない可能性は十分ありですね! ないの!? ないか。
(文/シングウヤスアキ)
※1 WWFのビンス・マクマホン・シニア(現会長の父)に協力を仰ぐも素人とプロレスラーが絡むことが受け入れられず、著名プロレス記者ビル・アプターの仲立ちによって最終的にキングとの抗争が実現したそうな。
※2 本作出演時のキングはWWFのカラーコメンテータ(実況解説者)を務めていたこともあり、相棒である実況アナのジム・ロスが映画の中での実況を担当。ちなみにキングは2012年9月、心臓発作に倒れたものの、奇跡の回復で現場復帰を果たしています。