ナチスが秘密結社に学んだ組織の仕組み

世界観によって大衆の心をつかみ、組織化することが全体主義運動の最初のステップだとすると、その世界観が示すゴールに向けて、大衆が自発的に動くよう仕向けるのが次なるステップになります。その手法を、ナチスは秘密結社に学んだとアーレントは指摘しています。金沢大学法学類教授の仲正昌樹(なかまさ・まさき)さんが解説します。

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模範として秘密結社が全体主義運動に与えた最大の寄与は、奥義に通ずる者とそうでない者との間にヒエラルキー的な段階づけをすることから必然的に生ずる、組織上の手段としての嘘の導入である。虚構の世界を築くには嘘に頼るしかないことは明らかだが、その世界を確実に維持するには、嘘はすぐばれるという周知の格言が本当にならないようにし得るほどに緻密な、矛盾のない嘘の網が必要である。全体主義組織では、嘘は構造的に組織自体の中に、それも段階的に組み込まれることで一貫性を与えられており、その結果、ナイーヴなシンパ層から党員と精鋭組織を経て指導者側近に至る運動の全ヒエラルキーの序列は、各層ごとの軽信とシニカルな態度の混合の割合によって判別できるようになっている。全体主義運動の各成員は、指導層の猫の目のように変わる嘘の説明に対しても、運動の中核にある不動のイデオロギー的フィクションに対しても、運動内で各自が属する階層と身分に応じた一定の混合の割合に従って反応するように定められているのである。このヒエラルキーもまた、秘密結社における奥義通暁の程度によるヒエラルキーときわめて正確に対応している。

(『全体主義の起原』第三巻、以下引用部はすべて同様)



単なる下っ端の「よく分かっていない人間」のままなのは嫌だ、という大衆の心理を巧みに利用して、秘密結社的なヒエラルキーを導入したということです。アーレントは「奥義」と表現していますが、「真実」あるいは「トップシークレット」と言い換えてみるとイメージが湧くのではないでしょうか。
人間は、何が真実なのか分からない、自分だけが真実を知らされていない状態というのは落ち着かないものです。秘密結社に入っても、トップシークレットを知り得るのはヒエラルキーの階段を昇り詰めた、ごく一部の人たちだけです。自分も知りたい、教えてもらえるようなポジションに就きたい──と思わせるヒエラルキーを、ナチスは構築したわけです。
信用されればされるほど、上に行けば行くほど、より多くのことを知ることができる組織と言えば、ある程度の年齢の方であれば、オウム真理教のケースを想起されるのではないでしょうか。これはメンバーの忠誠心と組織の求心力を高める、最も効果的な方法です。
もともと上昇志向が強い人はもちろんですが、出世に無関心であったような人でも、一度「他の人が知らないことを自分は知っている」ということの妙を味わうと、知らないまま(知らされない状態のまま)ではいられなくなります。
こうした心理状態は、いじめという現象のなかにも見出すことができます。いじめの第一歩は、仲間外れを作り出すことです。任意の人物を、集団の意思決定のネットワークから排除する。すると、それまで無関心だった人も、身近に意思決定のネットワーク──いじめっ子のグループがあると分かる。分かると妙に気になって、自分もそのネットワークに加わり、なるべく中核に近いところへ行こうとします。それが自分を安心させ、満足させる最も手近な方法だからです。ヒトラーには、このような人間の心理がよく分かっていたのだと思います。
■『NHK100分de名著 ハンナ・アーレント 全体主義の起原』より

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