“宇宙流” 武宮正樹九段、棋聖戦挑戦者決定戦で繰り出した「太陽の一手」

撮影:小松士郎
『NHK囲碁講座』の連載「シリーズ一手を語る」に、世界中にファンの多い武宮正樹(たけみや・まさき)九段の登場です。今回ご紹介する「太陽の一手」は、朗らかなお人柄と、「宇宙流」と称される棋風にピッタリのネーミング。味わい深い「太陽」のお話を存分に語っていただきました。

* * *


■棋風は正反対

趙治勲名誉名人との一局から今回の一手を選びました。棋聖戦の挑戦者決定戦・三番勝負の2局目で、僕が37歳のときですね。この年は、第1回世界選手権戦で優勝したり、本因坊も4連覇中だったりと絶好調でした。治勲さんとは木谷實先生の道場に入ってからの長いつきあいですが、棋風は言ってみれば僕らは正反対。彼の打ち方には、断崖絶壁のところをいつも歩いているような厳しさがあって、僕にはまねができないし、彼は彼で僕のまねはできないと思っているかもしれない。だから彼と打つと、両極端というか、ドキドキするような局面が生まれるんですね。打っていて楽しいのですが、どちらかと言えば苦手なほうかな。というのは、彼は勝負に対する思いがものすごく強い。命を懸けて戦っている雰囲気が伝わってくるわけですよ。
もちろん僕もちゃんとやってるんですけど、そのすごさに負かされた感じはありますね。僕もプロになったころは、いわゆる力碁でした。それから自分でいろいろ勉強しながら「こんな打ち方が面白いんじゃないか」と見つけていって、そこそこ成績もよく注目されるようになって、16歳のころにはもう「宇宙流」と言われる打ち方をしていましたね。
僕は東京で生まれ育ちましたが、父方は先祖代々沖縄。その南国の明るさはあるのかもしれません。一度生まれてきて同じ一生を過ごすなら、楽しい時間をいっぱい持ちたいというのが僕の人生観なんです。碁を打っていても、こう打ったら幸せだなという手を打ちたい。楽しく、幸せだと感じる手を打ち続けて「宇宙流」が出来上がったのですね。
今回選んだ一手は、一見すると何でもない「押し」なんですが、じわーっとしていて、相手の打つ手がなくなってしまった。その意味では「太陽の一手」。イソップ物語の『北風と太陽』の中で、旅人のマントを脱がせる競争をしますよね。北風がぴゅーぴゅー吹いてもよけい脱がなくなるけど、太陽が優しく暖かくしたら旅人はマントを脱ぐでしょう。そのような感じの一手かな(笑)。
局面図は、僕の白番です。

現状は、ご覧のように黒は各所に確定地がしっかりあり、白にはまだ確定地がありません。でも、真ん中が白っぽい。ここをどのようにまとめるか、という局面です。
実はここまでで、白36がちょっと自慢の手でした。下辺の黒の進出を止めながら、白A、黒B、白Cの両ヅケを狙っています。
そこで、黒41と治まったわけです。白42は、黒45まで持ち込みに見えますが…。
1図の白1はうまくいきません。黒6まで、白二子が取られてしまいますね。白1で2とオサえても、黒1とマゲられて、やはり白は何も成果が上がりません。

僕が打ったのは、2図の白46の押しです。
こういう手を打てるときは気持ちがいいですね。当時のことは覚えていませんが、たぶん、相当よい手つきで、パシッと打ったんじゃないかと思います。

気が付きにくい手ですから、治勲さんは、もしかすると予想していなかったかもしれません。皆さんも「この手のどこがよいのですか?」と不思議に思われるかもしれませんね。でも実は、味わい深いのです。
続いて3図の黒1と受けてくれれば、喜んで白2を利かして白4まで、中央が大きく広がり、白が伸び伸びしています。もちろん黒はこうは打ってくれません。

黒は、本来ならば、4図の黒1とフクラみたいところです。白2、4と出切られても、部分的には心配なさそうです。ところが、この場合は、続いて白6とオサえてくる手があるのです。黒7のとき、白8のトビが次に白9を見た好手です。
黒9と受ければ白10まで、白は左辺の黒三子を取れるのですね。これは白が大成功の図です。

4図の黒9では、5図の黒1とアテる手もあります。ここで白3のサガリは白の攻め合い負け。でも、白2のハネが巧手なのです。
黒3のとき、白4からシボって黒7まで、黒をダンゴの愚形にしたうえ、先手で隅が生きているのが自慢です。白8に回って、黒は弱い石が二つ。これは黒が大変です。
というわけで、4図の黒1のフクラミは選択できません。

実戦は、6図の黒47とマゲてきました。黒としては他に打つ手がなく、やむをえないところでしょう。白48から50とアテて、白52のツギまで利かして白54にも回り、黒地はぺちゃんこです。白68 までという展開になったのですが、中央のスケールがものすごく大きくなりました。

形勢はまだ難しいものの、「何とか、いい感じになったかな」と思いましたね。

■一手一手を輝かせたい

この対局は白の中押し勝ち。宇宙流の一局でした。
「宇宙流」と呼ばれるのは、もちろんうれしいです。立派すぎますけれど(笑)。碁そのものが宇宙と言われるゲームですからね。僕の碁は、「中央を広げていく」と思われていますけれど、それだけではなくて、一手一手を大事に打って、一手一手を盤上で輝かせる。そのつながりが、結果的にこの碁のように模様になることもあると自分では思っています。
もう五十年以上碁を打ち続けているわけですが、いまだに碁というものが分からない。ですから、自分がこれからどんな碁を打てるかというのも分かりません。ただ、一瞬一瞬、碁盤から感じることを整理して着手している。自分のアンテナが働くのでしょうか、パッと感じる。なぜ碁が打てるのか、自分でも不思議です(笑)。
分からないながらも、これからも「こんな手があるのか」とか、「そんな発想があるのか」というような打ち方や、誰も気が付かないような手を打てたら、いちばん幸せですね。
※この記事は12月25日に放送された「シリーズ一手を語る 武宮正樹九段」を再構成したものです。
■『NHK囲碁講座』2017年3月号より

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