加藤一二三九段、谷川浩司九段を語る

写真:河井邦彦
『NHK将棋講座』2015年4月号からスタートした連載「あなたの知っている/知らない○○」もついに最終回。第1回に登場した加藤一二三(かとう・ひふみ)九段が、谷川浩司(たにがわ・こうじ)九段について語ります。

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2016年12月24日。クリスマス・イブの日は、私にとって感慨深い一日となりました。私の持つ最年少記録を62年ぶりに塗り替えて、14歳2か月でプロ棋士となった藤井聡太四段。華々しいデビューを迎えたのですが、その対戦相手が私だったのです。詰め襟姿で初々しい藤井四段を見ていたら、谷川さんと初めて対戦したときのことを思い出しました。谷川さんも藤井四段と同じくデビュー戦で、まだ中学生でした。
その将棋はテレビ対局で行われ、私が谷川さんのひねり飛車に圧勝したのです。印象深かったのが終局後の感想戦でした。谷川さんは「照明が明るかったので」と言ったのです。私は特別明るいとは思わなかったけれど、実に率直で好感が持てました。普通の状況だったらもっといい将棋が指せたと言っているわけです。私は当時、すでにタイトルを獲得していたので貫禄を示したわけですが、谷川さんの発言は強気で頼もしいと思いましたね。
谷川さんは公式戦で通算1000勝を達成したときに「私は2勝1敗を目標にしてきた」と語っています。以前に丸田祐三九段の「勝負は1勝1敗」という言葉を聞いて感心していました。1勝1敗は勝率にして5割ですが、長年にわたって維持し続けるのは簡単なことではありません。
谷川さんはそのさらに上をいく2勝1敗ですから、非常に驚いたことを覚えています。目標を実現させることは実に難しいことで、それをやり遂げた谷川さんは本当にすごいと思います。日々のたゆまぬ努力の結果が永世名人という結果をもたらしたのでしょう。
私と谷川さんといえば、以前に席次問題がありましたね。谷川さんに名人を奪われた翌年の対局で、私が上座に着いたことがありました。谷川さんは後日、専門誌に寄せた自戦記で「私の座る席がなかった」と書かれていたので、ご存じの方も多いことでしょう。
その対局は1984年の第23期十段戦のリーグ戦でした。当時の私はすでに十段を獲得した経験があり、いわば十段リーグは常連です。一方で谷川さんがリーグ戦を戦うのは初だったと記憶しています。ですので十段戦では私が先輩と認識していましたので、上座に着いてもいいのではないかと思ったのです。私の実績のない棋戦だったら、何のためらいもなく下座に着いていたでしょう。
谷川さんの自戦記を読んで反省したところもありましたが、後の号に読者から「どちらの言い分も分かる」といった投稿がありました。現在は席次の順位が規定で決まっていますので、こういったトラブルは起きませんが、当時はあいまいなところもよしとされていたのです。もちろん過去のことですし、私と谷川さんに遺恨はありません。
■『NHK将棋講座』2017年3月号より

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