ハネは「年」、先手は「健康」? フランスの囲碁事情
- 2015年の若者向け合宿にて。左上が野口基樹氏。(写真提供:野口基樹氏)
フランスで囲碁は「ゴ」とか「ジュドゥゴ」と言うが、「柔道」と間違えられることもあると言う。そんな言葉の違いから、フランス独特の囲碁ルールまで、2015年フランス囲碁チャンピオンの野口基樹氏がフランスの囲碁文化を紹介する。
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フランスに住んで16年になりますが、文化の違いに驚かされることは今でもよくあります。今回は、囲碁の文化について日本との違いを見てみることにしましょう。
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■フランスの囲碁用語
フランス語で囲碁のことは「go」、または「Jeu de go」(「ジュドゥゴ」:囲碁のゲームの意)と言い、単語として辞書にも出ています。こちらではクロスワードパズルが盛んなのですが、「go」は二文字のみで、また知っている人が少ないためなのか、よく出題されるのだとか。「クロスワードパズルで名前は知っていたけれど、これが本物なのか!」と妙に感心されたことがありました。
囲碁用語は基本的に日本の用語が使われています。ただし、中国起源の用語もいくつかあり、カケツギは「虎の口」、ハザマは「象の目(中国将棋の駒に由来するのだそうです)」という名前が使われています。しかし、当然ながら囲碁が文化として根づいていないため、語彙数は日本と比較にならない少なさです。単語では「ノビ」、「ハネ」といった基本的なところはあるけれど、「ナラビ」「ブツカリ」「ツケコシ」といった囲碁用語はありません。「明るい判断」「筋のいい手」などの便利な表現に相当する言葉もなく、教える立場としては毎回頭をひねって言い換えなければいけません。
もう一つ、囲碁用語でくせ者なのがフランス語による発音です。フランス語ではHを発音しないため、「hane(ハネ)」の読み方は「アネ」になり、「année =年」という単語と同じ発音になります。
また、「sente(先手)」は「サンテ」に近い読み方になり、「santé =健康」という単語とこれまた同じ発音になります。
さて、フランスでは新年を迎えた挨拶として、「Bonne année, bonne santé !」(「ボンナネ、ボンサンテ」と読み、「よいお年を、健康でありますように」くらいの意)と言ったりするのですが、年賀メールでこれにかけて「Bon hane, bon sente !」(「よいハネ、よい先手を」の意、発音はほぼ同じになる)とあえてつづりを変えた挨拶をすることがよくあります。まあこの程度では混乱は生じませんが、たまにあるのは「yose(ヨセ)」をフランス語式に「ヨーズ」と読む人で、「ヨーズでやられた」と初めて聞いたときは何のことか分からず悩んでしまいました。また、「ko(コウ)」を「カーオー」と言った人もいました。
■フランス独自の囲碁ルール
さすがフランス革命を起こした国だけあって、フランスでは、批判精神を持つこと、権威を疑ってかかることが大事とされています。フランス囲碁連盟で指導している中国出身のプロが言うに、「中国では、先生が『これはこうだ』と言ったら『はい、先生』というのが絶対だが、こちらではどんな小さな子どもでも『なぜですか?』と返してくる」とため息をついていましたが、実際そのとおりで、教える際には丁寧に理論立てて説明することがとても重要になります。こうした批判精神の最たるものが「フランス囲碁ルール」の存在でしょう。細かい説明は省きますが、フランスでは、「中国ルールに基づいているけれど、日本式の数え方ができる」という折衷型のルールを採用しています。
日本ルールといちばん違うのは「白が必ず最後の一手を打つ」「パスした場合、相手に一目あげる」という点です。結果が日本ルールと比べて変わることはまれにしかありませんし慣れればなかなか合理的という感じがします。
なお、フランスで囲碁を打ちたい方は、フランス囲碁連盟のサイトで、訪れる都市にクラブがあるかどうかを確認されることをお勧めします。大都市のほとんどにクラブがあり、週に1日、多い場所では複数日の定例日があります。人数が少ないクラブも多いのですが、訪問に先立ってフランス語もしくは英語でメールを送れば、喜んで迎えてくれると思います。
(のぐち・もとき)
■『NHK囲碁講座』2017年1月号より
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フランスに住んで16年になりますが、文化の違いに驚かされることは今でもよくあります。今回は、囲碁の文化について日本との違いを見てみることにしましょう。
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■フランスの囲碁用語
フランス語で囲碁のことは「go」、または「Jeu de go」(「ジュドゥゴ」:囲碁のゲームの意)と言い、単語として辞書にも出ています。こちらではクロスワードパズルが盛んなのですが、「go」は二文字のみで、また知っている人が少ないためなのか、よく出題されるのだとか。「クロスワードパズルで名前は知っていたけれど、これが本物なのか!」と妙に感心されたことがありました。
囲碁用語は基本的に日本の用語が使われています。ただし、中国起源の用語もいくつかあり、カケツギは「虎の口」、ハザマは「象の目(中国将棋の駒に由来するのだそうです)」という名前が使われています。しかし、当然ながら囲碁が文化として根づいていないため、語彙数は日本と比較にならない少なさです。単語では「ノビ」、「ハネ」といった基本的なところはあるけれど、「ナラビ」「ブツカリ」「ツケコシ」といった囲碁用語はありません。「明るい判断」「筋のいい手」などの便利な表現に相当する言葉もなく、教える立場としては毎回頭をひねって言い換えなければいけません。
もう一つ、囲碁用語でくせ者なのがフランス語による発音です。フランス語ではHを発音しないため、「hane(ハネ)」の読み方は「アネ」になり、「année =年」という単語と同じ発音になります。
また、「sente(先手)」は「サンテ」に近い読み方になり、「santé =健康」という単語とこれまた同じ発音になります。
さて、フランスでは新年を迎えた挨拶として、「Bonne année, bonne santé !」(「ボンナネ、ボンサンテ」と読み、「よいお年を、健康でありますように」くらいの意)と言ったりするのですが、年賀メールでこれにかけて「Bon hane, bon sente !」(「よいハネ、よい先手を」の意、発音はほぼ同じになる)とあえてつづりを変えた挨拶をすることがよくあります。まあこの程度では混乱は生じませんが、たまにあるのは「yose(ヨセ)」をフランス語式に「ヨーズ」と読む人で、「ヨーズでやられた」と初めて聞いたときは何のことか分からず悩んでしまいました。また、「ko(コウ)」を「カーオー」と言った人もいました。
■フランス独自の囲碁ルール
さすがフランス革命を起こした国だけあって、フランスでは、批判精神を持つこと、権威を疑ってかかることが大事とされています。フランス囲碁連盟で指導している中国出身のプロが言うに、「中国では、先生が『これはこうだ』と言ったら『はい、先生』というのが絶対だが、こちらではどんな小さな子どもでも『なぜですか?』と返してくる」とため息をついていましたが、実際そのとおりで、教える際には丁寧に理論立てて説明することがとても重要になります。こうした批判精神の最たるものが「フランス囲碁ルール」の存在でしょう。細かい説明は省きますが、フランスでは、「中国ルールに基づいているけれど、日本式の数え方ができる」という折衷型のルールを採用しています。
日本ルールといちばん違うのは「白が必ず最後の一手を打つ」「パスした場合、相手に一目あげる」という点です。結果が日本ルールと比べて変わることはまれにしかありませんし慣れればなかなか合理的という感じがします。
なお、フランスで囲碁を打ちたい方は、フランス囲碁連盟のサイトで、訪れる都市にクラブがあるかどうかを確認されることをお勧めします。大都市のほとんどにクラブがあり、週に1日、多い場所では複数日の定例日があります。人数が少ないクラブも多いのですが、訪問に先立ってフランス語もしくは英語でメールを送れば、喜んで迎えてくれると思います。
(のぐち・もとき)
■『NHK囲碁講座』2017年1月号より
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