趙 治勲名誉名人が語る碁界の夫婦あれこれ

イラスト・石井里果
『NHK 囲碁講座』の連載『趙治勲名誉名人のちょっといい碁の話』。12月号では囲碁界のさまざまな夫婦のあり方について、ご自身の体験談も交えながら楽しく考察します。

* * *

今回は夫婦について考えてみました。安心してください。堅苦しい内容にはなりませんから(笑)。
夫婦という言葉を聞くと、内弟子時代を思い出します。木谷實先生と美春お母様はぼくの中で長い間、理想と信じていた(?)夫婦像でした。
木谷先生が「おーい!」と呼ぶと、お母様はどこにいても「はーい!」と答える。こういうことが日に何度もありました。出かけるときの荷物は全部お母様が持つ。現代では信じられない光景ですが、ぼくはずっと夫婦とはそういうものだと思い込んでいました。そういう時代だったんでしょうね。世の中がそれからずいぶん変わり、ぼくは結婚しました。そして当たり前のように「おーい!」と妻を呼ぶと、返事をしてもらえませんでした。荷物を持たせようとすると叱られました(笑)。
林海峰(名誉天元)先生ご夫妻も強烈な印象があります。40年くらい前になるでしょうか。「夕飯を食べに来なさい」と招かれたことがあります。もうね、驚きの連続でした。奥様の手料理がまさに次から次へと! もちろん、まずかったらここでお話しすることはできません。とにかくうまい、うますぎるくらいに! 林先生がああいう体型になった理由、それが痛いほどよく分かりました(笑)。
林先生のお宅にはその前に一度、お邪魔したことがありました。このときのことは、最悪の思い出です。先生とぼくの対局は深夜の終局でした。検討が終わると、交通手段はタクシーのみ。帰る方向が同じだったので相乗りすることになりました。林先生の家の前まで来ると、「寄っていきなよ」。急いで帰る理由もありません。ビールをごちそうになれそうだと読み、迷わず甘えることにしました。
こちらの読みどおり、林先生はビールとグラスを持ってきてくれました。するとすぐに隣の部屋へ行き、ごとごとやっている。この流れ、おつまみですよね。誰もがそう思うでしょ? しかし、先生が重そうに抱えて持ってきたのはおつまみの盛り合わせではなく、碁盤と碁石…。再開された検討は朝まで続き、ついにおつまみにはありつけませんでした。あ、もしかしたらこの罪滅ぼしに、招待してくれたのかな?
木谷先生と林先生のところと違い、碁打ち同士の結婚はかなりあります。最近では林漢傑(七段)・鈴木歩(七段)夫妻。この夫婦はバランスがいいね。碁の力量的にも。リーグ入り経験者の漢傑くんは気を悪くする? そんなことないよね。歩さんは棋聖戦リーグ入りにあと一勝まで迫ったんだから。
二人とは一局ずつ打ちました。歩さんはかなりの打ち手、漢傑くんは大したことないと感じた。勝敗は歩さんに勝って、漢傑に負け。実はこれが悔しいから、ダンナのほうをあちこちで叩くことにしています(笑)。
溝上知親(九段)・加藤啓子(六段)夫妻は漢傑・鈴木夫妻に近いイメージがありました。ただ、彼と対局で何度か当たってから印象が変わってね。亭主関白だと思う。啓子さんが尽くしているんでしょう。師弟ほどの差のない同志。兄弟弟子夫婦といった感じかな。
小松英樹(九段)・英子(四段)のところは師弟関係に近い夫婦でしょう。結婚式に行った記憶があります。姉さん女房で若いときに一緒になった。英樹のほうは現状で満足しちゃいけない才能の持ち主。ただ、結婚したころは英子ちゃんのほうが才能豊かに見えたなあ。結婚後は、ダンナさんのためにしっかりサポートしているようです。
小松夫妻はこれからが楽しみです。子どもの大樹(二段)が最近、伸びています。間違いないです。棋士になるまではかなり大変だったみたいだけど、最近何かの棋譜を見たら別人のようになっていた。親元を離れて大阪(関西総本部所属)へ行ったのがよかったんじゃないかな。来月も碁界の夫婦についてあれこれ言わせていただきます!
■『NHK囲碁講座』2016年12月号より

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