レヴィ=ストロースが「自然」と「文化」を着想したきっかけ

亡命先のニューヨークでロシア人言語学者のローマン・ヤコブソンと運命の出会いを果たした、フランスの人類学者クロード・レヴィ=ストロース。ヤコブソンの構造言語学は、レヴィ=ストロースの思想に多大なる影響を与えました。明治大学野生の科学研究所所長の中沢新一(なかざわ・しんいち)さんが解説します。

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構造言語学についてのヤコブソンの考え方は普通の言語学者とはちょっと違っていて、きわめてユニークなところをもっています。ヤコブソンは、言語学に情報理論を大胆に取り入れていました。言語をはじめあらゆるコミュニケーションには発信者と受信者がいて、共通の「コード」(符号)を使って「メッセージ」を伝達する。それがコミュニケーションの基本であるというところが土台となります。
この「コミュニケーション」という概念は言語に限られるものではなく、もっと広大な領域を包み込んでいるという点で二人の意見は一致します。この考えは、数学者のノーバート・ウィーナーやクロード・シャノンが考えていたこととも近いのですが、植物や動物をふくめ、宇宙の進化・変容そのものもコミュニケーションとして考えられるのではないか。物理学でいう「量子」の過程まで一種のコミュニケーションとして理解することが可能なはずで、人間の言語はそうしたコミュニケーション全体系の中に出現した一つの位相にほかならない。こういう理解をヤコブソンは持っていたようです。
実はこのとき、レヴィ=ストロースは博士論文となる『親族の基本構造』という大著を書こうとしていて、その研究方法についてもヤコブソンに相談しています。「親族」というものをコミュニケーションの一形態として理解することができないだろうか。集団ごとに「記号」としての女性が「交換」され移動していく。その過程を通じて、共同体がお互いの間にコミュニケーションを開くのが婚姻ではないか。そして親族構造がそれを規制している。女性を記号として、結婚のコードを使って、集団にメッセージが伝達される、それが親族構造の意味ではないか──。レヴィ=ストロースがそう語ると、ヤコブソンは、そんなこと当たり前だろう、そのアイディアをぜひ展開してみろ、とこともなげに言うのでした。
『親族の基本構造』という大著は、こういう着想で成り立っています。「交換」と「コミュニケーション」は、レヴィ=ストロースとヤコブソンにとってきわめて重要な概念の一つでした。
言語におけるコードは「弁別(べんべつ)」のシステムでできています。話を人間の言語に限定するなら、人間の聞き分けることのできる可聴音の中からごくわずかな音だけを有用な言語音として取り出し、それらの言語音を「相関・対立」させて弁別の体系をつくっています。こういう言語音の選択と組み合わせによって、人間の使う言語の最小単位である「音素」がつくられると、構造言語学は考えます。
人間の言語は母音と子音を組み合わせてつくられますが、基本となる音素は、母音ではa、u、iの三つ、子音ではk、p、tという三つが基本となり、それぞれが三角形をつくるというのが、ヤコブソンの考えです。
このように自然界は連続的で豊饒な世界だけれども、人間の世界はそこからごくわずかな要素だけを取り出して、相関・対立の体系をつくっています。ヤコブソンの言語学では、この構造が「音」のレベルから意味のレベルまで一貫して見出されると考えます。そしてあらゆる文化が、この弁別のシステムに拠っているというわけです。
この考えはレヴィ=ストロースの思想に深く影響し、彼はここから「自然」と「文化」という重要な概念を着想していきます。自然は、言語でいえば連続的な音響世界にあたり、文化は、そこから少数の要素を取り出して、相関・対立させ、「構造」をつくるのです。この構造を「変換」したり、組み合わせたりすることによって、人間の文化は形成されてきた──レヴィ=ストロースはこのように考えました。
■『NHK100分de名著 レヴィ=ストロース 野生の思考』』より

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