王 銘琬九段が語る 台湾の「囲碁の普及と発展」

子ども教室での風景
台湾出身の棋士の日本囲碁界での活躍は目覚ましいものがある。今期(第64回)のNHK杯にも、張栩NHK杯、謝依旻女流本因坊をはじめ、王銘琬九段、張豊猷八段、黄翊祖八段、林漢傑七段、余正麒七段、許家元四段が出場している。
第44回では王立誠九段が優勝していることも付記すべきだろう。台湾にはどのような囲碁の組織があり、どのような教育が行われているのだろうか。王銘琬九段に寄稿してもらった。

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■子ども囲碁教室の流行

台湾は囲碁大国です。それは、子どもに限って言えばですが、台北市を散歩していれば、子ども囲碁教室の看板を見つけることができます。生徒は月謝を払って通ってきます。台湾では囲碁教室がビジネスとして立派に成り立っているのです。
小学生では、複数の囲碁教室に通っているケースは珍しくありません。正式な統計はないのですが、台湾全土で囲碁教室に通う学童は数万人になるでしょう。囲碁は習い事として社会的に完全に認知されています。習い事といえば「発表会」で、囲碁ですと「子ども囲碁大会」になります。ほぼ毎週、どこかで子ども大会が開催されます。全島が日帰り圏ということもあり、多くの参加があります。大人が何人もついてくるので満員の盛況になります。主催するスポンサーにも事欠きません。
日本から見れば羨ましいかぎりですが、残念なのは中学生になると、その数がガクッと減ることです。囲碁教室に行くのは、学習能力を身に付けるためと思っている親御さんが多く、中学生になれば、受験勉強にスイッチを切り替えます。習い事として認知されている分、ずっとやらないといけないとは思われていないのです。
日本や中国・韓国では、子どもに碁を教えるとき、多くはあわよくばプロに、という動機があるのに対して、台湾はそうではありません。ピアノを習わせるのに、あわよくばピアニストにという親が多くないように、台湾では碁を習い事と割り切っていて、プロをイメージすることが少ないのです。それでも親御さんは大会での成績も要求しますので、各囲碁教室が独自のノウハウを持って教えているようです。子ども教室は棋力うんぬんよりも、いかに注意をこっちに向けさせるかが勝負らしい。いつもマジックの道具を何種類も用意しているとか、囲碁の小話のレパートリーを数多く用意するなど、皆さん工夫をしています。子どもが囲碁に集中力を向けてきたらこっちのものだ、教室の先生はそう話してくれました。

■台湾の四大囲碁組織の役割

台湾の人口は約2300万人で、囲碁人口は20万ぐらいでしょうか。学童が占める割合はおそらく世界一でしょう。しかし、子どもにはお金をかけるが、囲碁の本を買ったり、プロに教えてもらうことは少ない。この辺は逆に台湾から見て日本が羨ましいところです。
日本の囲碁界はプロ組織が全体を引っ張っていく形ですが、台湾には四つの大きな囲碁組織があり、それぞれ違う役割で活動しています。
アマ活動を主に主催しているのが「中華民国囲棋協会」です。全国大会や、地方囲碁イベントの企画などのサポートをしています。子ども囲碁大会にはその多くに大人の部もあり、一般ファンも楽しめるようにしています。長い間、囲碁教室の定着に努力し、囲碁普及に貢献してきた組織です。
「応昌期囲碁教育基金会」は4年に一度の高額賞金の世界戦『応氏杯』では、資金面で全面的に担当し、2000年までプロ活動の後援もしていました。今は応氏杯のほか直営囲碁教室の経営が主な活動になっています。
プロ活動の後援と運営を行っているのは「台湾棋院」です。2000年からプロ制度を本格的にスタートさせ、2007年には周俊勲九段が世界戦『LG杯』で優勝するまでになりました。プロ囲碁を担ってきた功績は大きく、現在83人の棋士が在籍しています。
「海峰棋院」は1998年創設、学生棋戦、女流アマ棋戦、ペア戦など、囲碁界の手薄いところをバックアップしてきました。近年は台湾プロ棋戦の主催や、日本の若手プロとの交流戦を精力的に行い、貢献度が一層高くなっています。創設者の林文伯さんは若いとき台湾名人になった強豪です。東日本大震災時の日本への寄付が「タケフ基金」の一部として役立っていることで知られています。

■今後の課題

大人の囲碁ファンをいかに増やすかが今の課題です。かつて台湾には碁会所が多くありました。台北で十数か所、地方都市でも最低一つはあったものです。日本からのお客様が飛び込みで入って、大いに碁を楽しんでいった話をよく聞きました。ここのところ大人の対局はもっぱらネットに移り、日本から訪れる囲碁ファンに、自信を持って紹介できる碁会所がなくなってきたのが残念です。
台湾は、新聞社などマスメディアが囲碁に熱心ではありません。タイトル戦の賞金は日本の約10分の1と、プロもかなり大変です。
(おう・めいえん)
■『NHK囲碁講座』2016年9月号より

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