片岡聡九段、善悪を超えた一手

撮影:小松士郎
連載「シリーズ 一手を語る」、今月は、おしゃれでダンディな片岡聡(かたおか・さとし)九段のご登場です。最近は「若手キラー」の異名をとる片岡九段。ご自身の若かりしころを振り返り、「節目となった」印象深い一手について語っていただきました。

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■ライバルの活躍が刺激に

今回は、初めての「番碁」出場を決めた、1979年の天元戦の準決勝から、印象に残る一手を選んでみました。当時は五段で、21歳。このころからボチボチ成績を残せるようになっていて、天元戦ではこの年に初めて本戦に入りました。新聞にも出ましてね。紙面のトーナメント表に自分の名前がある、というのは、やはりうれしかったですね。
私は72年の入段ですが、同期には王立誠さん、山城宏さん、少しあとの入段には小林覚さんがいて、ライバルのように思っていたかもしれません。特に少し前に山城さんが名人戦のリーグに入られて、非常に刺激になりましたね。「俺だって」と思ったかどうかは忘れましたが(笑)、気合いが入っていた時期だったと思います。
当時の天元戦は、前期の優勝者も次の期は一回戦から出場するトーナメント形式でした。ですから、この準決勝というのは、今で言えば挑戦者決定戦に当たり、勝てば五番勝負に出場できるわけです。
私は対局に臨んで、気負いがあったかもしれませんが、あまり覚えていないのですね。どんな気持ちだったかということも、どういうことを考えて碁を打っていたのかということも定かではない(笑)。だから意外と気楽に打てたのかもしれませんね。若かったですし、負けてもいい経験ができると思っていて、何が何でも勝たなくてはという気持ちではありませんでした。お相手の大平修三先生のほうがやりにくかったのではないでしょうか。
とはいうものの、「番碁」を打つことは一つの目標でしたし、特別な意味を持っていますから、この対局の大事さは分かっていました。
では、盤面を見ていきましょう。
大平先生は、天元戦の前身の日本棋院選手権戦で4連覇を果たされたこともあり、当時第一線で活躍されていた超一流棋士です。

黒115までの局面ですが、ここまで、実力の違いと言いますか、ちょっと押され気味で、白番の私が劣勢だと思います。
見えている地合いではいい勝負かもしれませんが、上辺の白の形が薄いのですね。ここで、白Aというような普通の手では、黒B、白C、黒Dまでとなって、上辺の白が攻められるだけ。こんなことでは絶望的です。
白Eのようなただ逃げるだけの手も、黒Dと相手に地を稼がれて面白くありません。「何とかしなきゃいかん」という心境だったことはよく覚えています。次の手は「もうここに打つしかない」という気持ちで打ちました。
1図の白16(※白116)のツケが、私の打った一手です。ある意味、勝負手。「良くても悪くても、これでいくよりしょうがない」という気持ちでした。善悪を超えた一手ですね。
当時、日本棋院の「棋道」という雑誌でこの対局を検討する企画があり、林海峰先生と趙治勲さんと私のやりとりが掲載されているのですが、治勲さんには「白16のツケが鋭かったね」と褒めてもらいました(笑)。

続いて、2図の白18、20の二段バネは手筋です。黒は他の選択肢もあったでしょうが、21、23と最強に応じてきました。

黒25は、上辺を守るところ。3図の黒1と右辺に向かうと、白2から6まで上辺が取られてしまいます。

簡単に取られないように白28と手数を伸ばし、白30の二段バネも手筋です。ここで4図の黒1には、白2が上辺に利くのが自慢。黒3と抜かれても、白4と上辺を取れれば白の得のほうが大きいですからね。

そこで、黒は31と切ってきました。
白34のノゾキも筋です。黒39まで、黒は生き──白aと眼を奪っても、黒b、白c、黒dで攻め合いは黒勝ちです──、必然的に隅の白は取られたわけですが、白40に回って、白のサバキは成果を挙げました。勝負形になったと思います。
※この対局の行方は如何に!? 続きはテキストでお楽しみください。
■『NHK囲碁講座』2016年9月号より

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