「百物語」を詠んだ句で心理的な涼を

肝試(きもだめ)しやお化け屋敷は夏の代表的な風物詩。俳句集団「いつき組」組長で藍生俳句会会員の夏井いつきさんが、今の時季にぴったりの「百物語(ひゃくものがたり)」を兼題とした句を紹介します。

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森鷗外(もり・おうがい)著「百物語」に以下のような記述があります。
「百物語とは多勢の人が集まって、蠟燭(ろうそく)を百本立てて置いて、一人が一つ宛(ずつ)化物の話をして、一本宛蠟燭を消して行くのだそうだ。そうすると百本目の蠟燭が消された時、真の化物が出ると云うことである。」
いかにも俳人好みの趣向ですから、古くから愛されてきた季語に違いないと思いきや、「百物語」を採録している歳時記が少ないのは意外でした。晩夏の季語として取り上げている歳時記の解説は、鷗外の小説のこの記述とほぼ同じ内容になっていますが、江戸時代に行われた「百物語」では蠟燭は使われていなかったようです。
杉浦日向子(すぎうら・ひなこ)著『大江戸観光』には江戸時代に行われた「百物語」が解説されています。蠟燭は贅沢(ぜいたく)品だということで、行灯(あんどん)の灯心百本を一つずつ消したとのこと。さらに行灯には青い和紙を貼り、参加者各々が青い小袖(こそで)を着用する等、念の入った演出もあったとのことです。
肝試(きもだめ)し、お化け屋敷が夏の風物となっているのは、心理的涼み感。「百物語」という手の込んだ趣向の場が、季語としての力を持ち得たということでしょう。
百物語隣のひとのふと怖く

小池昭(こいけ・あきら)


百物語はてゝ灯せば不思議な空席

内藤吐天(ないとう・とてん)


「隣のひと」の無表情が「ふと怖く」思えてくる、何か一つが怖く感じ始めると、何もかもが怖くなってくる。それが「百物語」という座の持つ心理的作用です。
さらに怖ろしいのは「百物語」が終わった後に残る怪異。「不思議な空席」に一体誰が座っていたのか、記憶をたどることで恐怖がひたひたと押し寄せてきます。
■『NHK俳句』7月号より

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