正式な学校教育はほとんど受けなかった独学の天才、ルソー

18世紀のフランスで活躍した思想家ジャン=ジャック・ルソーは独学の天才であったと、東京医科大学哲学教室教授の西 研(にし・けん)さんは評します。ルソーの生い立ちを紐解いてみましょう。

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ルソーはフランスではなく、スイスのフランス語圏にあるジュネーヴで、1712年に生まれています。ジュネーヴは、宗教改革の指導者の一人カルヴァンがいたところで、16世紀にはプロテスタントの改革派の拠点となり、カトリックのサヴォワ公国からジュネーヴ共和国として独立した都市国家でした。
18世紀当時のジュネーヴは、実質的には一部の人々が権力を独占してしまっていたようですが、建前としては民主的な、市民の合議による共和制を誇りにしていました。『社会契約論』や『エミール』の原点は、ルソーの生まれ故郷であるジュネーヴにあるのかもしれません。
ルソーの父親は時計職人で、祖国ジュネーヴを愛する誇り高い市民でした。母親はルソーの生後間もなく亡くなっています。母親のいないルソーは、幼い頃から父親とともにたくさんの本を読みながら育っていきます。幼くして『英雄伝』などの書物を読みすぎたために、自分は過度にロマンチックな人間になってしまったと、彼は後年、自伝『告白』で語っています。
10歳のとき、父親が決闘沙汰を起こしてジュネーヴから逃亡してしまい、ルソーは孤児同然の状況に陥ります。親戚によって牧師に預けられ、13歳で時計彫刻師の職人に弟子入りしますが、そこで親方にさんざん殴られていた彼は、15歳のときジュネーヴの門の閉まる刻限に遅刻してしまい、また親方に怒られると思って出奔してしまいます。それからは貧しい放浪生活のなかで、カトリックに改宗したりもします。そうすれば、教会から施しの食べ物をもらえたからです(後年再びプロテスタントに改宗します)。
ルソーはサヴォワでヴァラン夫人という貴族の未亡人と出会い、彼女の邸宅に転がり込んで生活の面倒をみてもらうようになります。やがて20歳になる頃には、ヴァラン夫人と男女の関係にもなります。ルソー本人は、自分の顔立ちがよかったからだ、などといっていますが、どうやら実際に女性に好かれる魅力をもっていたらしく、『告白』を読むと、みずからの女性遍歴が赤裸々(せきらら)に描かれていて、彼にとって女性との恋愛が人生のうえでいかに大きな要素だったかがわかります。
邸宅の図書室にはたくさんの蔵書がありました。そこで彼はギリシア、ローマの古典から、近代の哲学、文学、自然科学に至るさまざまな本をむさぼるように読み、多くの知識を得ます。ヴァラン夫人の庇護(ひご)のもとで、学問とともに音楽にも親しみながら過ごしたこのときのことを、ルソーは二人の親密な幸福な時期だったと述べています。のちにルソーは作曲活動もするようになりますが、皆さんもよくご存じの「むすんでひらいて」のメロディは、実はルソーが作曲したオペラの一節です。このように、ルソーは独学で知識や教養を身につけた人で、正式な学校教育はほとんど受けていません。一種の天才的な頭脳をもった人だったといえるでしょう。
■『NHK100分de名著 ルソー エミール』より

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