久保利明九段、「最後まで投げないのが私の美学」

写真:河井邦彦
今回登場するのは久保利明(くぼ・としあき)九段。「さばきのアーティスト」と呼ばれ、華麗なさばきが注目されますが、「最後まで諦めないのが私の美学」と言い切ります。

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■感覚的なものからスタートした

兵庫県加古川市生まれで、祖父母、両親、2歳下の弟の6人家族でした。子どものころはあまりにも将棋ばかりやるから、両親が心配していたと聞きました。祖父と父が縁台将棋を指しているのを見ているうちにルールを覚えたらしいですが、幼稚園児が一人で延々と駒を動かしているのだから、そりゃ心配しますよね。まもなく父が友人に教えてもらって、週末には神戸将棋センターに通うようになりました。センターを経営していたのが現在の師匠、淡路仁茂九段です。
加古川から神戸は電車で30分強です。現代では考えられない話かもしれませんが、小学校低学年のころには一人で通うようになりました。帰りは同じ方向に帰るセンターのお客さんと一緒に電車に乗っていました。私はまだ小さくて券売機に手が届かないから、そのお客さんが切符を買ってくれていましたね。
小学生のときの得意科目は算数と体育でした。足は速いほうでしたね。休み時間はよくドッジボールをしていました。雨の日に将棋を指すことがありましたが、学校の友達は1手詰を詰ませられない子ばかりで、どうやっても勝ってしまう。だから投了の局面から負けた側に回って続きをやらされましたが、それでも勝ってしまいました。
関西研修会に入ったときはアマ三〜四段でした。それからしばらくして、小学5年で奨励会に入っています。低学年のころにどうやって強くなったのか、記憶に残っていないですね。アマ初段になったのもいつなのか、はっきりとしたことは覚えていません。どんどん強くなったころの経験を人に伝えられないのがもどかしいときもあります。
研修会は私が入る半年ほど前にできたばかりで、20人ほどだったでしょうか。矢倉くん(規広七段)とか、大会でよく見るメンバーが集まった感じでしたね。今泉さん(健司四段)も広島から通っていました。昔は居飛車を指していましたが、奨励会に入ってから振り飛車を本格的に始めました。憧れの将棋は大野源一先生(九段)で、大野先生の著書は将棋を始めたころに父親に買ってもらっていました。35年くらい前のことですが、その本は今も持っています。暇があったら何度も並べていました。字が分からないのにどうやって字を読んでいたか分からないのですが、絵を見ている感覚だったのでしょうね。形がかっこいいなとか。幼かったので、感覚的なものからスタートしています。理論的に教え込まれていたら強くなっていないかもしれません。
最近は、「さばきのアーティスト」をもじって「粘りのアーティスト」とも言われています。「粘るということは、ずっと形勢が悪いんかい」とツッコミがありそうですね。最後まで諦めない気持ちはずっと持っていたいと思っています。諦めると楽になりますが、勝ちたい欲求があるので諦めません。それは自分の信念、信条です。100回に1回しか逆転できないかもしれません。往生際が悪いとも言えますが、モチベーションを保つのが大事ですし。50歳になっても60歳になっても、そういう気持ちは持ち続けたいですね。
早く投了してしまいたいと思うときもあるけど、一度やってしまうとずっと楽なほうに流されてしまいます。早く投げるのも投了の美学ですが、最後まで投げないのが私の美学かなと思います。
■『NHK将棋講座』2016年6月号より

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