意味づけを変えれば未来は変えられる

19世紀後半のオーストリア・ウィーンに、その後の心理学の歴史を大きく変えることになった「三大巨頭」が登場する。ジグムント・フロイト、カール・ユング、そして、アルフレッド・アドラーである。哲学者・日本アドラー心理学会認定カウンセラーの岸見一郎(きしみ・いちろう)氏と共に、アドラー心理学とはどのようなものなのかを探っていこう。

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まず、アドラー心理学の特徴として挙げられるのが、人は誰もが同じ世界に生きているのではなく、自分が「意味づけ」した世界に生きていると考えることです。同じ経験をしても、意味づけ次第で世界はまったく違ったものに見え、行動も違ってきます。アドラーはこのことを説明するために、子ども時代に不幸な経験をした人を例に挙げています。
子どもの頃に同じような不幸な経験をした人がいるとします。ある人は、「自分が不幸な経験をしたことで、それを回避する方法を学んだのだから、自分の子どもが同じ経験をしないように努力しよう」と考えます。しかし、一方で「自分は子どもの頃に苦しんでそれを切り抜けたのだから、自分の子どもも苦しさを乗り越えるべきだ」と考える人もいます。また「自分は不幸な子ども時代を送ったのだから、何をしても許されるべきだ」と考える人もいます。
このように、「不幸な経験」をどう意味づけるかによって、その後の生き方や行動は大きく変わります。アドラーは意味づけの重要性を次のように述べています。
いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。われわれは自分の経験によるショック──いわゆるトラウマ──に苦しむのではなく、経験の中から目的に適うものを見つけ出す。自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって、自らを決定するのである。そこで、特定の経験を将来の人生のための基礎と考える時、おそらく、何らかの過ちをしているのである。意味は状況によって決定されるのではない。われわれが状況に与える意味によって、自らを決定するのである。(第一章 人生の意味「子ども時代の経験」)
今の自分が生きづらいのは「幼い頃に親の愛が足りなかったからだ」とか、「親から虐待を受けたからだ」と、過去に親から受けた教育を原因だと考える人は少なくありません。しかし、過去の経験が私たちの何かを決定しているのではなく、私たちが過去の経験に「どのような意味を与えるか」によって自らの生を決定しているとアドラーは考えます。
先の引用の中で、「決定」という言葉が使われていることに注目できます。あることが原因となって、必ずある事柄が帰結すると考えるのが「原因論」です。このような原因論は必ず「決定論」になります。つまり、すべては、過去の出来事や自分を取り巻く状況によって決定されているのであり、現状は変えられないことになってしまうからです。過去の出来事が今の例えば生きづらさの原因であるとすれば、タイムマシンで過去に遡り、過去を変えられるのでなければ、今の問題は解決できないことになります。
しかし、目的論においては、立てられる目的や目標は未来にあります。過去は変えられなくても、未来は変えることができます。もちろん、これは人生が思いのままになるというようなことではありません。むしろ、思いのままにならないことのほうが多いといっていいくらいです。それでも、過酷な人生の中にあって、どう生きていくべきか態度決定をすることはできるのです。
■『NHK100分de名著 アドラー 人生の意味の心理学』より

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