横田茂昭九段、碁聖位挑戦を振り返る──「もう一度あの舞台に立ちたい」
- 撮影:小松士郎
関西の中核を担う一流棋士として活躍を続ける横田茂昭(よこた・しげあき)九段。2007年に碁聖位に挑戦したときの心境を語っていただいた。
* * *
■碁聖挑戦!
2007年でしたね。このころはなかなか調子がよく、他の棋戦もまあまあコンスタントに勝ち上がっていたのですが、まさか本戦で決勝にまで進めるとは思っていませんでした。
その挑戦者決定戦の相手は河野臨さん(当時天元)。2年前の天元戦本戦準決勝で負かされていたのでリベンジという気持ちもあったのですが、そのときの内容がよくなかったので「勝てないだろうな」と思っていました。なので、楽しもうという気持ちで東京に行った記憶があります。
私にとっては棋士人生の中で、かなり大きなウエートを占める一局だったのですが、欲がなかったことが幸いしたのでしょう。なんとこの碁で、自分の力以上のものが出て勝つことができました。中盤からずっと悪手がないと言いますか、ちょうどはまったと言いますか…。
最後に偶然、いい手を見つけたのです。秒読みに追われて「このへんか?」と思って打った手だったのですが、のちに新聞を見ると「生涯の一手」みたいに書いてある──これが人生を変える手だったと…。
あくまで偶然の一手だったのですが、確かにそうかもしれませんね。逆のケースは本当に多いんですよ。どこに打っても勝ちなのに、そこだけは駄目というところに打ってしまったというケースは…。だからこの碁は、私にとっての人生のツキが、すべてそこに集まってくれたように思っています。
まさかの挑戦権獲得でしたが、実感は全くわきませんでした。挑戦手合が始まるまで2か月ほど間が空いたのですが、なにせ初めてなものですから、期待と不安が入り混じり、いろいろなことを想像してしまい…。ただ挑戦する相手が四冠王の張栩さんでしたから、勝てる気だけは全く起きませんでしたが…。
でも、無敵の張栩さんだったからこそ、実際に五番勝負には無心で臨むことができたのでしょう。第1局は勝つ寸前までいったのです。ところが終盤で余計なことをやってしまって逆転負け──振り返ってみると、この初戦がすべてでしたね。
第2局、第3局に向かう最中に思ってしまうんですよ。「初戦を勝っておけば楽だったのにな」と…。トーナメントだと負けたら終わりですが、挑戦手合は同じ相手と打ち続けなくてはならない─これはけっこうこたえました。
ただ第2局も第3局も、出来はよかったんです。だから結果は3連敗でしたが、悔いはあまりありません。総合力で張栩さんのほうが上だから負けるのですが「見せ場は作れた」という思いがありました。どの碁も完敗だったら打ちひしがれていたのでしょうが、内容は悪くなかったのが救いではありました。
この3局、私の人生の中ではとても大きな財産。ああいう雰囲気の中で碁が打てるというのは棋士冥利に尽きます。もう一度あの舞台に立ちたいですし「一度やったらもういい」という人はいないはずです。
■『NHK囲碁講座』2015年10月号より
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■碁聖挑戦!
2007年でしたね。このころはなかなか調子がよく、他の棋戦もまあまあコンスタントに勝ち上がっていたのですが、まさか本戦で決勝にまで進めるとは思っていませんでした。
その挑戦者決定戦の相手は河野臨さん(当時天元)。2年前の天元戦本戦準決勝で負かされていたのでリベンジという気持ちもあったのですが、そのときの内容がよくなかったので「勝てないだろうな」と思っていました。なので、楽しもうという気持ちで東京に行った記憶があります。
私にとっては棋士人生の中で、かなり大きなウエートを占める一局だったのですが、欲がなかったことが幸いしたのでしょう。なんとこの碁で、自分の力以上のものが出て勝つことができました。中盤からずっと悪手がないと言いますか、ちょうどはまったと言いますか…。
最後に偶然、いい手を見つけたのです。秒読みに追われて「このへんか?」と思って打った手だったのですが、のちに新聞を見ると「生涯の一手」みたいに書いてある──これが人生を変える手だったと…。
あくまで偶然の一手だったのですが、確かにそうかもしれませんね。逆のケースは本当に多いんですよ。どこに打っても勝ちなのに、そこだけは駄目というところに打ってしまったというケースは…。だからこの碁は、私にとっての人生のツキが、すべてそこに集まってくれたように思っています。
まさかの挑戦権獲得でしたが、実感は全くわきませんでした。挑戦手合が始まるまで2か月ほど間が空いたのですが、なにせ初めてなものですから、期待と不安が入り混じり、いろいろなことを想像してしまい…。ただ挑戦する相手が四冠王の張栩さんでしたから、勝てる気だけは全く起きませんでしたが…。
でも、無敵の張栩さんだったからこそ、実際に五番勝負には無心で臨むことができたのでしょう。第1局は勝つ寸前までいったのです。ところが終盤で余計なことをやってしまって逆転負け──振り返ってみると、この初戦がすべてでしたね。
第2局、第3局に向かう最中に思ってしまうんですよ。「初戦を勝っておけば楽だったのにな」と…。トーナメントだと負けたら終わりですが、挑戦手合は同じ相手と打ち続けなくてはならない─これはけっこうこたえました。
ただ第2局も第3局も、出来はよかったんです。だから結果は3連敗でしたが、悔いはあまりありません。総合力で張栩さんのほうが上だから負けるのですが「見せ場は作れた」という思いがありました。どの碁も完敗だったら打ちひしがれていたのでしょうが、内容は悪くなかったのが救いではありました。
この3局、私の人生の中ではとても大きな財産。ああいう雰囲気の中で碁が打てるというのは棋士冥利に尽きます。もう一度あの舞台に立ちたいですし「一度やったらもういい」という人はいないはずです。
■『NHK囲碁講座』2015年10月号より
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