現役引退した熊坂学五段、最後のNHK杯予選を振り返る

平成27年5月7日、竜王戦6組の昇級者決定戦で石井健太郎四段に敗れ、現役を退いた熊坂 学五段。C級2組復帰への最大のチャンスと見ていた第65回NHK杯戦の予選について語っていただきました。

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NHK杯の予選は1日に最大3局指せますから、ここがC級2組復帰に向けて大きなチャンスになると思っていました。「3連勝すれば本戦出場と復帰が決まる」条件で臨むことになったわけですが、できればもう少しいい条件にしたかったですね。
予選の組み合わせが発表になったとき、1回戦が大平武洋五段と分かって、非常に運命的なものを感じました。大平五段は奨励会の1年先輩ですが同い年。修業時代には自分が声をかけた研究会にも参加してくれて、練習対局も多く指しました。相手の狙いをつぶすのがうまい、手厚い将棋という印象で、容易に土俵を割らないタイプ。なかなか勝てない相手で、ずっと背中を追いかけるような気持ちで指していました。ただ、彼に勝ったときは昇級や昇段につながる星になったという印象もあったので、1回戦を勝てれば……という思いはありました。
自分は本来的には居飛車党なのですが、このころは角交換振り飛車をよく指していました。予選は持ち時間も短いですし、指し慣れた戦法で力を発揮できれば、と思い、角交換四間飛車を志向しました。相振り飛車に変化される可能性もなくはないですが、大平五段は郷田真隆王将のように、「やってこい」と相手の得意を受けるタイプですから、相振りにはならないような気がしていました。
ポイントになったのは1図。△5五銀のぶつけに▲6七銀と引いたところです。実戦はここから△3五角▲5八銀△6二飛▲6九飛△4六歩▲8三角と進み、自分だけ馬を作れる展開になったので形勢の好転を感じました。心配していたのは1図ですぐ△4六歩と突かれる手です。▲同歩△同銀の展開は、一歩持たれたうえに、△3五銀などと引かれて穴熊を直接攻められる展開になりそうでイヤな感じ。

大平五段は1図からすぐの△4六歩には▲5六歩を心配していたようですが、その場合△3五角と出る手があります。▲5五歩は△4七歩成が飛車金両取りで、後手の動きが成功します。本譜は狙いどおり穴熊の遠さが生きる展開になったのですが、私も決めきれずに長引いて2図の局面になりました。飛車にも成り込まれてしまい、かなり怪しくなっているところですが、ここから▲3六桂△同歩▲同馬と馬を引き付けたのが攻防手になりました。以下△2七桂▲同馬△3九竜に▲2五歩で投了。

2回戦の相手、高橋道雄九段は居飛車党の本格派。少しのリードを奪ったら堅実に一歩一歩前に進んでくるという印象があります。1回戦と同じく、角交換四間飛車で戦いました。この将棋の分岐点となったのは3図。先手陣が角交換型としては珍しい5六歩〜5七銀型なので、飛車を3筋に回って歩交換しました。ここから△3二飛と深く引いた手は後悔しています。まだ△3四飛として中段で使う余地を残しておくべきでした。以降、この飛車がまったく使えなくなってしまいました。

高橋九段の指し手では、3五の馬を△5七馬(4図)と入りなおしたところで、▲6七金打とされた手が印象に残っています。自陣に打つのはもったいないようですが、玉側の戦いになれば遊び駒になることはありません。このあとさらに4九の金を▲5八金〜▲5七金上〜▲6六金右と活用されて押しつぶされました。感想戦で高橋九段が「飛車を交換して打ち合う横の戦いではなくて、玉頭から動いて相居飛車のようなタテの戦いにしようと思った」と話されていましたが、見事にその作戦にはまってしまった感じです。

C級2組昇級のチャンスはこのあともまだありましたが、自分の中で「ここを負けたら事実上終わりだろう」と考えていたのは竜王戦6組の増田康宏四段戦です。高橋九段戦でもそうですが、「出るか引くか」の二択で引くほうを選んで、それがよくなくて負けてしまいました。
最終戦となった石井健太郎四段との対局のときには、もう半分気持ちの整理がついていたような状態でした。最後は居飛車の将棋を指そう、と決めていたので、矢倉模様の将棋になりましたが、力及びませんでした。好調だったときは「前へ前へ」という将棋が指せていたのですが、この一番、というときに引き気味になってしまったのが、勝負師としては心残りです。
これからは東北を拠点として、一人でも多くの人に将棋を楽しんでいただけるよう、普及活動に取り組みたいと考えています。
■『NHK将棋講座』2015年10月号より

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