「確率で語るのは勝負の世界で最もナンセンス」鈴木大介八段が影響を受けた言葉

写真:河井邦彦
戸辺 誠(とべ・まこと)六段からバトンタッチするのは鈴木大介(すずき・だいすけ)八段。戸辺六段にとっては、振り飛車党の憧れの先輩になります。鈴木八段に影響を与えた人物は?など興味深い話題で迫ります。

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■鈴木大介八段、自らを語る

将棋好きだった父は、私が生まれる前から、息子が生まれたらプロ棋士にしたいと思っていたそうです。父は師匠(大内延介九段)と古くからの親友でしたので、大内門下に入門することも決まっていました。私の名前は師匠の名前(大内延介)の上と下の文字を取って大介と名付けたと聞きます。生まれながらにして将棋と巡り会ったということですね。奨励会に入会するとき、師匠から「大内門下には、ただ食べていくだけの棋士はいらないから」と忠告されました。長年にわたってファンを魅了し続けてきた師匠ならではの言葉で、私も大きく影響を受けました。ですのでファンの方に「鈴木将棋は師匠譲りの豪快なさばきが魅力ですね」と声をかけてもらえることをとても誇りに思っています。
将棋を指していて自分らしいと感じるのは、「ゾーンに入ったとき」です。超能力めいたことが起こることがありまして。具体的には対局中に相手が席を立ったとき「あと何分は戻ってこないだろう」とか、相手が戻ってきたとき「こういう展開になって、相手がこういうミスをして自分が勝つんだろうな」といった感じです。もちろん逆もあります。すごくよい手を指したのにまずいと冷や汗をかくことも。勝ち負けは勝敗が決するかなり前から分かることがあるのです。こういった嗅覚(きゅうかく)は自分にしかない感覚なのかなと思います。自分は勝負の流れを重視するタイプ。将棋は対人ゲームですから、かなり大事な要素だと考えます。バイオリズムのよいときは相手の考えていることがよく分かります。あとで語りますが、ある方の影響が大きいですね。相手の玉に詰みがある局面で詰ましにいくのも自分の流儀です。逆に自分の玉が詰まされるときは、相手を尊重してきれいな順で討ち取られるようにしています。

■戸辺 誠六段より鈴木大介八段への質問

Q 僕は鈴木八段に影響を受けて振り飛車を始めました。鈴木八段は将棋界、またはそれ以外で影響を受けた方、尊敬する方はいらっしゃいますか?
一人は麻雀(まーじゃん)の桜井章一さんです。思春期に直接お会いしたことも印象深く、勝負の心構えやメンタル面、洞察力など大きな影響を受けました。麻雀と将棋は同じ対人競技ですから大いに参考になりました。そのおかげで対局中に相手の顔を見なくても、雰囲気だけですべてを感じ取ることができます。勝負のときはへその下に力を入れて、半身に構えなさいというのも桜井さんの教えです。奨励会の対局のときは、それが基本姿勢でした。奨励会三段のころは今以上に感性が研ぎ澄まされていて、50メートル先に見えもしない塵(ちり)が落ちているというような確信がありまた。先ほどのゾーンについては桜井さんにお会いした影響が大きいのです。年を重ねて感性が鈍ってきましたが、全盛時は振り駒の結果がほぼ当たりましたから。
囲碁の小林覚先生や依田紀基先生にも大きな影響を受けました。お二人とも「勝負は絶対ではない。絶対を信じてはいけない」とおっしゃっていました。私が10代のときです。常識にとらわれてはいけないことの大事さを教えていただけたのが大きかったです。例えば10回に1回程度しか勝てない相手と対戦するときでも「プロは10回に1回を出し続けるもの。自分は10回やれば10連勝する」と言われました。私が「そんなことは確率的にありえません」と言うと、両先生は口をそろえて「それは君が決めることではないし、誰が決めるものでもない。全世界の誰にも分からないことだから。確率で語るのは勝負の世界で生きていくうえで最もナンセンスだ」と……。10回に1回しか勝てない勝負こそ絶対にものにするとおっしゃっていました。
■『NHK将棋講座』2015年10月号より

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