二十五世本因坊治勲が勝手に想像する佐藤真知子二段の逆プロポーズ

イラスト:石井里果
『NHK 囲碁講座』の連載「二十五世本因坊治勲のちょっといい碁の話」。師匠・木谷實九段、呉清源九段の思い出から、石田章九段へのジェラシー、王立誠九段に対する恨み言まで、趙治勲(ちょう・ちくん)二十五世本因坊ならではの語り口で紡がれるエッセイは、碁界においてのみならず、広く人気を博しています。7月号では先月号に引き続き木谷道場の囲碁三姉妹編 その2をお送りします。

* * *

今月は三姉妹編の2回目。本当の三姉妹じゃなく、ぼくが勝手にそう名付けただけですが(笑)。棋士と結婚することになった佐藤真知子二段(旧姓・井上)のお話です。
真知子さんは同じ木谷實門下の佐藤昌晴九段と一緒になりました。昌晴さんは典型的なカッコツケマン。野球をするときはピッチャーでサウスポー。これだけでカッコいい気がしない? お世辞じゃなく剛速球でね。木谷道場の門下生たちで野球をするときは、キャッチャーを誰がやるかで毎回もめたものです。まだ小さかったぼくが、「キャッチャーならやらせてやる」と言われて一生懸命取ろうとした記憶があります。
碁もカッコツケマン。汚い手、情けない手を打つくらいなら投げる、そういうタイプ。カッコツケマンじゃなかったらもっと強かったはずと、ぼくは思っています。以上のことから想像できるのは、先月号で触れましたが、気風(きっぷ)がよく下町のお姐さんといった雰囲気の真知子さんに、プロポーズできるタイプではないということ。たぶんね、逆プロポーズだったと思うよ。
真知子「ねえ! いったい私のこと、どう思っているわけ? プロポーズするならさっさとしなさいよ! グズグズしているようなら別れるからね! 返事は!」
昌晴「は、はい。じゃあ、ぼくと結婚してください。お願いします」
真知子「えっ、じゃあって何よ、じゃあって。嫌なの? 本当は嫌なの? ふざけるんじゃないわよ!」
昌晴「い、いや、あ、あ、愛してます」
昌晴さんは大病をしました。もうずいぶんたつから完治したんでしょう。ただね、少し顔に後遺症が残った。特にカッコツケマンの昌晴さんはハンサムだったから、けっこう悩んだことでしょう。きっと毎朝鏡を見て、ぐじゅぐじゅと愚痴をこぼしていたと思う。それを元気づけたのは、昌晴さんが今を元気で過ごせているのは、やっぱり真知子さんのおかげでしょう。
真知子「男はね、どこかに傷を負ってるくらいのほうがカッコイイの。グズグズしてないで碁を打って勝ってらっしゃい!」
後遺症っていろんな病気や事故にはつきものです。ぼくも昔、交通事故で大けがをして、もう30年くらいたつのかな。今でもリハビリは欠かせません。初めのころは普通に歩けなくて、リハビリのときは這(は)いつくばって移動していました。運命とはいえつらいものでした。でもあるとき気付いたんですよねえ。他人はこちらが思うほど深刻には思っていないんだって。昌晴さんはどうなんだろうなあ。少なくとも真知子さんは分かっている。そんな気がします。真知子さんは大きな愛で昌晴さんを包み込んでいるように感じます。溺愛という言葉がピッタリなのかも。お互いにないものを補い合うのが理想の夫婦、良縁だと思う。昌晴さん、よかったね。
佐藤家は子だくさん。やっぱり日本のお母さんです(笑)。いい縁で結ばれた夫婦、ボンボン子供が産まれて当然です。皆さん、立派に育ったと聞いています。
昌晴「おい真知子、ワンワン泣いてるぞ。どこか悪いんじゃないのか」
真知子「大丈夫よ。泣くのは元気の証拠。ほっとけば勝手に育つわよ! 余計な心配しているヒマがあったら碁の勉強でもしたらどうなの、まったく!」
こんなシーンが浮かんでくるなあ(笑)。
真知子さんはこの3月いっぱいで棋士を引退されました。これからは昌晴さんのバックアップに専念するのかな。真知子さんへ。昌晴さんはぼくの大切な先輩です。情けないヤツですが、どうぞよろしく。
■『NHK囲碁講座』2015年7月号より

NHKテキストVIEW

NHKテキスト囲碁講座 2015年 07 月号 [雑誌]
『NHKテキスト囲碁講座 2015年 07 月号 [雑誌]』
NHK出版 / 545円(税込)
>> Amazon.co.jp

« 前のページ | 次のページ »

BOOK STANDプレミアム