どんな光景が浮かぶ? 「制服」を短歌にうたう

『NHK短歌』の人気連載「短歌de胸キュン」は、4月号から「未来」の佐伯裕子(さえき・ゆうこ)さんが選者となります。新学期の始まる今月のテーマは「制服」。この言葉を聞いて、みなさんの胸にはどのような光景が去来するのでしょうか。

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題やテーマになっている言葉、たとえば「制服」などを見つめていると、その言葉がきっかけとなって、さまざまな光景や考えが浮かび上がってきます。そのときの「感じ」は、実際のモノを見たのとは違うように思われます。言葉には、身体に深く埋もれている映像を引き出す力があるのではないのでしょうか。「制服」といえば、警察官やパイロット、看護師など、職業別に決められた服装が浮かんできます。社会での位置を示す伝統的な服装が「制服」なのだと思います。とりわけ思い出されるのは、ほとんどの人が着た経験をもつ学生の制服でしょうか。
中学一年の時でした。全生徒が整列している朝礼で、どことなく自分が野暮ったく感じられた記憶があります。みんな同じセーラー服を着ているのに、とても恰好よく見える生徒がいたのです。よく観察してみると、箱襞(はこひだ)のスカートや上着の丈が微妙に違っていました。さらにスカーフの結び方やソックスの折り方に微かな違いがみえました。校則すれすれの工夫をして、時代のセンスにあった雰囲気を出していたのです。
制服は型が決まっているので、その枠のなかで繊細な審美眼が磨かれていくことを知りました。しかし同時に、制服のなかで育つ肉体や個性が窮屈さを感じていました。同じ制服を着て微妙な違いを出す楽しさと窮屈さ、それが制服でした。やがて大学に通うようになったとき、わたしは言い知れない茫漠感に襲われました。自由な服装を満喫する前に不安を覚えたのです。不自由な制服をうっとうしく思っていたのに、型のある安心感が懐かしくてなりませんでした。
制服は共同体を象徴する服なのだと思います。そこをコンパスの芯として、あるいはお洒落に、あるいは崩れた感じに、微妙な差を表すことができました。短歌を作りはじめたころ、制服で経験したそのような「感じ」を思い出したのです。五七五七七という短い詩型に、微かな試みを繰り返す日々でした。どうしたら美しいものに近づけるだろうか。どうしたら、自分らしい世界が表せるのか。制服に似た詩の「型」を揺さぶって、はっとするようなスタイルに近づけられたらいいと願った日がありました。振り返ってみると、歌を作るときの意識の底に、若い日の制服の微妙な着こなし方が重なっていたように思われます。
制服の少女たちをうたった歌を引いてみます。
制服を脱ぎ鮮やかに羽化とげし少女らまぶしき四月を歩む

米田憲三『ロシナンテの耳』


四月は新しい出発の季節です。高校生だった少女たちも大学生になったり、社会人になったりします。これまでの制服姿を色鮮やかな私服に変えて歩く一群がいたのです。「まぶしき」は、「四月」にかかるとともに「少女ら」を形容しています。制服から私服になる少女を「羽化」にたとえた歌は、春の眩しさが彼女たちを輝いて見せています。新しい生命力が伝わってくるようです。
■『NHK短歌』2015年4月号より

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