豊川孝弘七段、「勝てばプロ棋士」という将棋を前にして
- 番組の司会を務めるつるの剛士さん(左)、岩崎ひろみさん(中)、そして豊川七段(右) 撮影:河井邦彦
NHK『将棋フォーカス』で講座「豊川孝弘のパワーアップ手筋塾」の講師を6か月にわたり務めてきた豊川孝弘(とよかわ・たかひろ)七段。激戦の三段リーグを戦った頃の思い出を語ってもらった。
* * *
三段に昇段したのは22歳の5月。三段リーグは1期が半年で、4月と10月がスタート時期ですから、僕が参加できるのは10月のリーグから。「年齢制限まで時間がないのに、4か月以上も対局がないのか…」と焦る気持ちでした。この場合の年齢制限とは、「満26歳の誕生日を含むリーグ終了までに四段にならなければ退会」という規定のことです。チャンスは7回。当時は勝ち越し延長や、次点2回で昇段といった規定はなかったので、きっちり7回だけです。
三段リーグは半年で18局を戦います。初参加の第6回三段リーグは、最終局を迎えた段階で丸山さん(忠久九段)の昇段は決まっていて、郷田さん(真隆九段)と僕が同星。順位の関係で、郷田さんは勝てば昇段。僕は自分が勝って郷田さんが負けた場合に昇段、という状況でした。将棋会館4階の「銀沙・飛燕」という対局室で一斉に三段リーグの対局が行われたのですが、昇段がらみの状況を考慮して、郷田さんの対局と僕の対局は一番遠い対角線上、将棋盤でいうと1一と9九に配置されました。「勝てばきっと上がれるよ」と言ってくれる人もいましたし、目の前の一局に全力で臨んでいましたが、郷田さんの対局が先に終わり、カメラのシャッターの音で、「ああ自分は昇段できないんだな」と思いました。その将棋は勝ったんですが、14勝4敗で頭ハネ。あまりにショックで、「三段リーグ設立前の制度なら13勝4敗の段階で四段になれたのに…」と考えたりもしました。
2期目は10勝8敗、3期目は11勝7敗で昇段に絡むところまではいかないものの、上位の成績は取れていました。二段時代に積み重ねたものが生きたのかなと思います。4期目も気合いを入れて臨んだのですが、初戦で負けてしまい、「ああ、今期も上がれないのかな」と思いながら戦い続けて、最終日を迎えました。その段階では昇段の可能性は残しつつも自力ではなかったんですが、1局目を勝ってハンコを押しに行ったら、自力になっていたんです。
2局目の前に昼休みがあるわけですが、何も食べる気がしなくて、将棋会館を出て、東京体育館の芝生に寝転び、ボーっと空を眺めていたことを覚えています。
勝てば四段、プロ棋士になれる、という将棋。緊張感はこの上なかったです。勝ち筋が見えてから、実際に相手玉を詰ますまでの間、ずっと手が震えていました。
四段昇段が決まったときの気持ちは、プロになってから対局に勝ったときの気持ちも同様なんですけど、うれしいというよりも「ホッとした」というほうが近いですね。重い荷物を下ろしたような気持ちというか…。それがプロとして将棋を指すことなのかな、とも思っています。
■『NHK将棋講座』2015年3月号より
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三段に昇段したのは22歳の5月。三段リーグは1期が半年で、4月と10月がスタート時期ですから、僕が参加できるのは10月のリーグから。「年齢制限まで時間がないのに、4か月以上も対局がないのか…」と焦る気持ちでした。この場合の年齢制限とは、「満26歳の誕生日を含むリーグ終了までに四段にならなければ退会」という規定のことです。チャンスは7回。当時は勝ち越し延長や、次点2回で昇段といった規定はなかったので、きっちり7回だけです。
三段リーグは半年で18局を戦います。初参加の第6回三段リーグは、最終局を迎えた段階で丸山さん(忠久九段)の昇段は決まっていて、郷田さん(真隆九段)と僕が同星。順位の関係で、郷田さんは勝てば昇段。僕は自分が勝って郷田さんが負けた場合に昇段、という状況でした。将棋会館4階の「銀沙・飛燕」という対局室で一斉に三段リーグの対局が行われたのですが、昇段がらみの状況を考慮して、郷田さんの対局と僕の対局は一番遠い対角線上、将棋盤でいうと1一と9九に配置されました。「勝てばきっと上がれるよ」と言ってくれる人もいましたし、目の前の一局に全力で臨んでいましたが、郷田さんの対局が先に終わり、カメラのシャッターの音で、「ああ自分は昇段できないんだな」と思いました。その将棋は勝ったんですが、14勝4敗で頭ハネ。あまりにショックで、「三段リーグ設立前の制度なら13勝4敗の段階で四段になれたのに…」と考えたりもしました。
2期目は10勝8敗、3期目は11勝7敗で昇段に絡むところまではいかないものの、上位の成績は取れていました。二段時代に積み重ねたものが生きたのかなと思います。4期目も気合いを入れて臨んだのですが、初戦で負けてしまい、「ああ、今期も上がれないのかな」と思いながら戦い続けて、最終日を迎えました。その段階では昇段の可能性は残しつつも自力ではなかったんですが、1局目を勝ってハンコを押しに行ったら、自力になっていたんです。
2局目の前に昼休みがあるわけですが、何も食べる気がしなくて、将棋会館を出て、東京体育館の芝生に寝転び、ボーっと空を眺めていたことを覚えています。
勝てば四段、プロ棋士になれる、という将棋。緊張感はこの上なかったです。勝ち筋が見えてから、実際に相手玉を詰ますまでの間、ずっと手が震えていました。
四段昇段が決まったときの気持ちは、プロになってから対局に勝ったときの気持ちも同様なんですけど、うれしいというよりも「ホッとした」というほうが近いですね。重い荷物を下ろしたような気持ちというか…。それがプロとして将棋を指すことなのかな、とも思っています。
■『NHK将棋講座』2015年3月号より
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