春の気分満ちる季語「桜餅」

テキスト『NHK俳句』の連載「季節の食卓」では、「草樹」会員代表の宇多喜代子(うだ・きよこ)さんが、食べ物の季語とそれを詠(よ)んだ句を解説しています。3月号のテーマは「桜餅(さくらもち)」。春の訪れを感じさせてくれる桜餅の歴史、そして昭和を代表する女流俳人、中村汀女(なかむら・ていじょ)が桜餅を詠んだ句を紹介します。

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春を代表する菱(ひし)餅、草餅、鶯(うぐいす)餅、桜餅、蕨(わらび)餅、椿(つばき)餅など、春ならではの餅菓子のどれもが、春ののどかな野の景色を連想させますが、桜餅はその代表格といってもいいでしょう。「桜餅」と聞いただけで春らしい気分があたりに満ちてきます。なんといっても日本の春を代表する「さくら」という名が付いているのですから。
薄紅梅の色をたたみて桜餅

中村汀女


そんな桜餅には、材料、作り方、姿形の異なる関東風と関西風の二種類があります。両方が「さくらもち」と呼ばれているのは、どちらもが塩漬けした桜の葉でくるまれているからです。
まず関東風といわれているほうです。小麦粉と白玉粉を主材料とした皮のタネを、弱火で小判型、または丸く焼き、丸めた餡(あん)を包んで桜の葉で包みます。ほんのり桜色に色をつけたもの、白のままのものがあります。
中村汀女の句の桜餅は「たたみて」とあることから、関東風であることがわかります。
江戸時代からこの桜餅を名物としているのが、東京隅田川(すみだがわ)東岸の長命寺(ちょうめいじ)です。鷹狩(たかがり)にこられた三代将軍家光(いえみつ)が急に腹痛をおこし、この寺に休息してここの井戸水を飲まれたところ腹痛が治ったのだそうです。将軍はこの井戸に長命水と名付けて帰城、以来長命寺と言われるようになったと伝えられております。ところが、長命寺に門番として来ていた下総(しもうさ)の男が、八代将軍吉宗(よしむね)が隅田川の堤(つつみ)に桜を植えて遊覧地にしたその桜の葉を塩漬けにして桜餅をこしらえ、それを売り始めたのだそうです。この男の名を山本新六(やまもと・しんろく)というのだと『たべもの語源辞典』にあり、抜け目のない男だと妙に親しみを感じたのですが、確認のためにもう一冊の『日本の食文化史年表』を繰って調べてみましたところ、享保(きょうほう)二(1717)年に桜餅が売り出されたとあり、それから百余年のちの1824年の項に、この頃桜餅に、77万5千枚の桜の葉が使われた記録があると記載されておりました。だれがどう数えた数なのやら、と苦笑してしまいました。
ところが、同じ1824年に、信濃(しなの)の小布施(おぶせ)というところで「栗羊羹(くりようかん)を創製」という記載があり、当時の人々が春に秋に、季節にふさわしい菓子をつくっていたことを知ったことでした。
■『NHK俳句』2015年3月号より

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