「フランケンシュタイン=怪物」は誤り

メアリが『フランケンシュタイン』執筆の着想を得たスイス・レマン湖畔の別荘
19世紀に英国の女流作家メアリ・シェリーが著した小説『フランケンシュタイン』。この作品に造詣の深い京都大学大学院教授の廣野由美子(ひろの・ゆみこ)氏は、「フランケンシュタイン」は誤解されていると指摘する。

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「フランケンシュタイン」と聞いて、多くの人が思い浮かべるイメージとは、どのようなものでしょうか。顔には傷痕が走り、首にはナットが突き刺さった巨大な男。唸(うな)り声をたてながら、破壊するだけの存在。こんなところではないかと想像します。
まず、確認しておかなければならないのは、「フランケンシュタイン=怪物」ではないということです。フランケンシュタインとは怪物を創った科学者の名前で、怪物自身には名前がありません。作中では、怪物(モンスター)、被造物(クリーチャー)、鬼(フィーンド)、悪魔(デーモン)など、一般名詞でしか呼ばれない存在にすぎないのです。
この「フランケンシュタイン=怪物」の誤りに関しては、権威ある辞書『オックスフォード英語辞典』(OED)に、次のような記述があります。該当箇所を訳します。
シェリー夫人の小説『フランケンシュタイン』(1818年)のタイトルキャラクター(主題役)で、人間の怪物を組み立てて生命を与えた人物。一般には、創り手に恐怖を与え、ついには破滅させる怪物を指す典型的な名称として、隠喩(いんゆ)的に誤用されている。
続けて、いくつかの誤用の例が示されます。つまり、本国イギリスにあっても長きにわたって、フランケンシュタインとは怪物の名であるという誤りが数多く見られたのです。あらためて、ここでその間違いを正しておきたいと思います。
一般的なイメージは、1931年公開の映画『フランケンシュタイン』において、ボリス・カーロフが演じた怪物から広まったと考えることもできます。
『フランケンシュタイン』は、カーロフ主演のこの映画を一例として、演劇、映画、テレビドラマ、漫画、パスティーシュ小説など数多くの翻案作品が作られてきました。いずれもその視覚的なイメージがあまりにも強烈なために、原作自体が持つテキストとしての価値から、著しい逸脱と変容が生じるという現象が起きました。もちろん、翻案ものに価値がないなどと言うのが、私の本意ではありません。しかし、観る者に恐怖を感じさせる映像作品の恰好のネタとして、あるいは典型的でありふれたゴシック小説としてのみ、『フランケンシュタイン』を評価する風潮には疑問を感じずにいられません。
■『NHK100分de名著 メアリ・シェリー フランケンシュタイン』より

NHKテキストVIEW

メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』 2015年2月 (100分 de 名著)
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