猫の発情期を表した季題「猫の恋」

「ホトトギス」主宰の俳人・稲畑廣太郎(いなはた・こうたろう)さんが、独自の視点で一つの季題を取り上げる「季題を見つけよう」。2月号の季題は「猫の恋」です。

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中学生の三学期の期末試験の頃と記憶していますが、全く自信のない英語の試験を翌日に控えて、生まれて初めて徹夜を覚悟したことを覚えています。三月のはじめ頃でしたでしょうか。二階にある部屋の机に向かって、試験に出そうな項目を覚えていたのでしょうか、詳しい勉強の内容は忘れましたが、その日は暖かな陽気で、窓が開いていたように思います。
ここまで書くと、どんどん記憶が蘇(よみがえ)ってくるのが不思議ではありますが、夜も更(ふ)けてきたとき、突然外から変な声が聞こえてきたのです。よく聞くと、人間の赤ん坊の泣き声としか聞こえないような不気味な声で、私は咄嗟(とっさ)に「幽霊(ゆうれい)や!」と思ってしまい、勉強どころではなくなり、またその夜は寝ることもできなくなりました。次の日の試験は惨憺(さんたん)たる成績であったことは言うまでもありません。
試験の日学校から帰ってくると、家の庭にはいつからともなく棲(す)みついている野良猫──、いや半分飼っているような状態でしたが、その猫が前夜私が聞いた赤ん坊の泣き声そのままの声を上げながら、私を気にするわけでもなく、その辺(あた)りを闊歩(かっぽ)して、どこかへ去って行きました。それが、私が生まれて初めて聞いた恋猫の声だったのです。今月の兼題「猫の恋」は、私のこんな体験から始めさせていただきます。
恋猫の主に別れ話しかな

奥田好子(おくだ・よしこ)


ちょっと物騒(ぶっそう)な感じの句ですが、この季題、早い話が動物の発情期を表しているわけです。こんなことを言ってしまうと身も蓋(ふた)もなくなってしまいますが、俳句の季題はそんな動物の本能も文学的な言葉として詩に詠(よ)む、ということは素晴らしいですね。この句の飼い主は、私は夫婦というより恋人同士なのではないかと思います。よく人の恋は儚(はかな)いものとしてイメージされることがあると思いますが、あまり経験したことのない私はよく分かりません。しかし、この句はそんな恋を猫の恋と重ね合わせているところが面白いのではないでしょうか。
しなやかに恋猫闇(やみ)に消えゆきぬ

髙濱朋子(たかはま・ともこ)


私が生まれて初めて経験したのがそうであったように、猫の恋は夜営まれていることが多いのでしょうか。この句も夜を想像しますね。先ほど猫の本能と申し上げましたが、この句からは、まるで猫がうきうきとデートにでも出かけるような雰囲気(ふんいき)も見て取れます。考えてみますと、季題の中で、動物の恋の季節を表現した言葉は比較的少ないように思われます。ぱっと浮かぶのは「鳥交(さか)る」あたりでしょうか。猫と同じく、いや、もっと身近なのかもしれない犬に関係した季題も見当たりませんね。やはりあの声も関係するのでしょうか。でもこの句のように姿を綺麗(きれい)に写生するのも素敵だと思います。
■『NHK俳句』2015年2月号より

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