短歌は青春の文学である

「塔」選者の永田和宏(ながた・かずひろ)さんが、人生における一場面を切り取った歌を取り上げる「時の断面――あの日、あの時、あの一首」。2月号のテーマは「青春」です。

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短歌と青春というテーマは切っても切れないものだと思います。ある意味、短歌は青春の文学であるとも思うからです。私自身、これまでなんども青春の歌については書いたり話したりしてきました(『近代秀歌』『現代秀歌』などの岩波新書をご覧ください)。今回は、これまであまり触れなかった青春の歌をあげてみようと思います。
過ぎゆきてふたたびかえらざるものを なのはなばたけ なのはなの はな

村木道彦『天唇』


村木道彦は、1964年、「ジュルナール律」というパンフレット形式の雑誌で、「緋の椅子」十首をもって、衝撃的なデビューをしました。その中には「黄のはなのさきていたるをせいねんのゆからあがりしあとの夕闇」「めをほそめみるものなべてあやうきか あやうし緋色の一脚の椅子」などの歌がありますが、ひらがな書きを多用し、青春のある一時期の、感性の微妙なさざなみを掬いあげるように詠ったのでした。
掲出歌にもその特徴は紛れもなくあらわれています。「過ぎゆきてふたたびかえらざるもの」、それは時間であり、また青春そのものでもあるでしょう。そんな思いは誰にもあるもので特殊なものではない。むしろ平凡と言ってもいい。しかし、この一首ではそんなある意味平凡な感慨が、下句で一転してゆるやかなひらがなのリズムに転調することで、にわかに切実な響きを持ってくるということはないでしょうか。「なのはなばたけ なのはなの はな」は普通に書けば「菜の花畑 菜の花の花」。なんの変哲もないトートロジー(同義反復)に近い表現でしかありませんが、ひらがなで、かつ間(あいだ)をあけて、一語一語、口の中で確かめるように発せられることによって、自分から去っていこうとしている、過ぎて戻らぬものへの強い思いが浮かび上がってくるように思われます。
■『NHK短歌』2015年2月号より

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