蕎麦屋の屋号によく「庵」が付いているのはなぜ?

道光庵は寺だか蕎麦屋だか分からないほど繁盛したとか。見かねた親寺が、後に蕎麦禁断の石碑をたてたとも伝えられています イラスト:雉○
気軽に食べられる蕎麦や麺類は日本人の大好きな料理の1つです。実は、この蕎麦も、お寺のごはんと深い関係があります。蕎麦が有名な門前町を持つお寺も多く、もともとは特別な日にいただくごちそうでした。お寺では、急なお客様にさっと出せるおもてなしの食事という側面もあったようです。
蕎麦とお寺の切っても切れない関係について、曹洞宗八屋山普門寺 副住職の吉村昇洋(よしむら・しょうよう)さんと、浄土真宗東本願寺派緑泉寺住職の青江覚峰(あおえ・かくほう)さんが解説します。

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蕎麦はお寺にとって、さまざまな場面で重宝する食材です。
まず、蕎麦は植物性のため精進料理に使えます。また、一度打っておけばそのあとの調理時間は短くてすむため、お客様へのおもてなしにも便利。お寺という場所には、地域の人や檀家さんなど、日々さまざまな人が訪れます。遠方から不意の来客があることもしばしば。そんなときでも、お湯さえ沸かしておけば、さっと蕎麦をゆでて食事をふるまうことができます。
さらに、“地域のシェルター”としてのお寺の機能にも蕎麦は好相性です。駆け込み寺という言葉もあるように、お寺は、立場が弱い人のシェルターや、大きな災害があったときの避難所の役割なども果たしてきました。蕎麦粉や乾麺として保存できる蕎麦は、そんな役割にも向いた食材です。いざ調理するときには、大人数分を短時間でつくれることも好都合です。
このような実用的な面以外に、蕎麦は修行僧にとってもまさに命綱ともいえる食材です。天台宗などの僧侶は、修行中、米、麦、粟、キビ、豆を一定期間食べない「五穀断ち」を行うことがあります。しかし、蕎麦は五穀に含まれません。蕎麦は、僧たちが厳しい修行中でも食べることができる貴重な主食であり、栄養源なのです。
最後に、蕎麦とお寺のつながりに関するユニークなエピソードを。一説には蕎麦屋さんに多い○○庵という屋号、その由来も、実はお寺にあるようです。江戸時代、浅草に称往院(しょうおういん)というお寺があり、その支院・道光庵(どうこうあん)の庵主は信州出身で、蕎麦打ちの名人として知られていました。あるとき参詣者に蕎麦をふるまったところ、おいしいと大評判に。道光庵には江戸中の蕎麦好きが押し寄せ、蕎麦屋はその名声にあやかり、屋号に庵をつけるのが流行したと伝えられています。
■『NHK趣味Do楽 いただきます お寺のごはん 〜心と体が潤うレシピ〜』より

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