主人は猫で、あなたは下僕――主従関係が逆転した、猫好き必読の小説がついに文庫化

あたしの一生―猫のダルシーの物語
『あたしの一生―猫のダルシーの物語』
ディー レディー
飛鳥新社
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 猫を飼っているあなた。おうちの猫ちゃんの写真を友達に自慢する時に「これ、うちの猫なの」なんて言ったりしていませんか? それは大いなる間違いかもしれません。例えば"あなた"が猫にとっての"あたしの人間"。つまり主人は猫で、あなたは下僕、なんて思われているかも。

今回、初めて文庫化された猫好き必読の小説『あたしの一生-猫のダルシーの物語-』の中で、主人公の猫のダルシーは一緒に住む"あたしの人間"に対してこんな不満を漏らします。

「あたしの人間は よそのひとに、あたしをこう紹介するのだ。『私の子猫よ』。これにはあたしはおおいに不満」

「あたしは彼女のじゃないもの。彼女はあたしを所有なんかしていないし、あたしも彼女に従属してなんかいない。簡単なことだ。真実は反対。彼女があたしに従属しているわけ」

更に、ダルシーが"あたしの人間"に主従関係を教育しようとする、こんな場面も。

「あたしの人間に名前を呼ばれても、あたしは無視した。-片耳をほんの少し なんとなく尊大に動かして、あたしは彼女に 彼女の懇願がちゃんときこえていることも伝える。-しかるべき時間を置いて、彼女のところにのんびり歩く。つまり支配しているのはあたし、ということ」

こんな風にけっして人間に媚びず、一匹のけものとしての誇りを保ちながら人間との共同生活を送るダルシーでしたが、"あたしの人間"が家に帰ってきたときにはこんな風にストレートに愛情を示します。

「あたしは彼女の腕に飛び乗って、頭を彼女のあごにこすりつける。そしていちばんうるさくのどを鳴らした」

「頭で彼女の顔をつっつき、あごを押し、お腹の上をぐるぐる歩いてTシャツをこねた。あたしの人間が帰ってきた!」

猫の第一人称で語られる物語はけして珍しいものではありませんが、同作には「1匹」と「1人」の間の、かけがえのない愛があります。

訳は作家の江國 香織さん。彼女ならではの瑞々しいセンスで表現された文章もみどころのひとつです。特に、ダルシーの第一人称"あたし"にはちょっと気取った風であり誰にも従属しないような雰囲気が漂っています。"私"でもなく"我輩"でもなく "あたし"は、凛として人間に心の奥底からはけっして気をゆるさない、媚びたりしないダルシーの性質をはっきりと表しているのではないでしょうか。

 昨今の猫ブームでは、見た目やしぐさのかわいらしい部分ばかりクローズアップされがち。しかし、同作で描かれる猫はそれとはひと味違い、動物としてのプライドを保ちながら深い愛情を与えてくれます。もし、あなたが飼っている猫がダルシーのような性格だったら......改めて飼い猫の"言葉"に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。

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