直木賞作家・西加奈子の短編集 主人公は人生に疲れた女たち
- 『炎上する君』
- 西 加奈子
- 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 1,404円(税込)
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人生に疲れ、引きこもり生活を送る女性主人公と、夫とのセックスレスから不倫に走る中華料理屋の女将。拾った携帯電話を通しての、見知らぬ誰かとのメールに次第に依存していく女性作家。作家志望だがなかなかうばれない日々を過ごす、本屋で働く女性。女を捨てている二人のOLや、友だちに彼氏を奪われた女性。
先日、『サラバ! 』で直木賞を受賞した西加奈子さんが2010年に刊行した『炎上する君』は、表題作「炎上する君」を含む、「太陽の上」「空を待つ」「甘い果実」「トロフィーワイフ」「私のお尻」「舟の街」「ある風船の落下」という8つの短篇小説作品から構成され、その小説内には、こうした少し人生に疲れた女性たちが登場します。
西さんが描くこれらの女性主人公たちの世界は、突如現実とも夢想とも区別がし難くなり、日常と非日常の世界の境界は揺らぎ出します。
かつて三島由紀夫は、そのエッセイのなかで、「正気の世界は、プールのとび板の端のような危険な場所で、おわるのではありません。それは静かな道の半ば、静かな町の四つ角のところで、すっと、かげろうのように消えているのです」(『おわりの美学』)と述べていましたが、西さんの短篇小説における登場人物たちは、様々なことがきっかけとなり自分の存在について悩むことによって、非日常の世界、言うならば狂気にも近い世界に遭遇します。
「本当に本当に参ってしまって、それで思ったの。舟の街に行こうって」(「舟の街」より)
さらには、世界と自分との境界線さえ曖昧になることも。
「自分が、自分という輪郭をすり抜けて、空気に溶けていくような気がした」「あなたの意識があなたの体から抜け出していくと思った時と同じように、あなたと、空気の間の境界線がぼやけ、他の皆のそれらと混ざり合い、あなたは水の中で、足を抱えて浮いているような、静かな安心感の中にいた」(「舟の街」より)
自己という存在の境界が曖昧になり、非日常の世界へと足を踏み入れる登場人物たち。しかし、登場人物たちはそのままどこまでも非日常の世界に引きずり込まれていくのではなく、日常に繫ぎとめられ、自らの存在を取り戻します。
そして本書を読んでいくと、それぞれのストーリーにおいて、日常に繫ぎとめられた要因が「愛」にあるのではないかと思わずにはいられなくなるのではないでしょうか。愛による自己の存在の回復----登場人物たちに託された救いの可能性を感じ取れる作品群だと言えるでしょう。