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書くことに迷ったら「共感」について考えるようにしている−−−アノヒトの読書遍歴:大野更紗さん(後編)

全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する
『全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する』
岩波書店
6,696円(税込)
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 7月23日に2冊目のエッセイ『シャバはつらいよ』を上梓した大野更紗さん。闘病体験を綴ったデビュー作『困ってるひと』に続いて、"難病女子"が深刻な境遇に置かれながらも退院後の生活を軽妙な文章で語る姿に、今作も大きな反響を呼んでいます。そんな大野さんには、「作品をつくる人間」として敬愛する人がいるのだとか。

 フレデリック・ワイズマンというアメリカのドキュメンタリー映画監督が好きで。モノをつくる人間として、ひとつの理想っていうか、目標として......私にとって、アイドルみたいな人です。でも、ワイズマンの映画って、日本ではほとんど観れないんですよ。それでも最近は新しい作品だけDVDになったり、年に1回開催されるかされないかの上映会があったり。それと、1本の作品が異様に長いんですね。1時間とか2時間のものは短い方で、とにかく長い。

−−フレデリック・ワイズマンといえば『高校』『州議会』など、アメリカ社会のさまざまな集団や場所を素材にしている映画監督ですよね。大野さんはワイズマンにどんな印象をお持ちですか?

 まるで、カメラがいないみたいな感じに撮っているのがすごいな、と。たとえば『DV−ドメスティックバイオレンス』という作品があるんですが、これはフロリダ州のDV被害者シェルターを撮影したドキュメンタリー。普通にドキュメンタリーを撮るだけでも難しいのに、被害者女性を保護している施設にカメラを入れるっていうのは、究極の至難の業ですよね。でも、被写体になっている女性たちの淡々とした日常が、まるでカメラが入っていないかのように映されている。『DV』には『1』と『2』の2作品があるのですが、どちらも初めて観たときに「映画に、こんなことができるのか!」と、びっくりしましたね。

−−お持ちいただいた本も、ワイズマンの映画のように分厚いですね。

 これは『全貌フレデリック・ワイズマン アメリカを記録する』という本で、土本典昭さんと鈴木一誌さんが編著者を務めています。ワイズマンについていろいろな人が書いていたり、本人に密着して今まで撮ってきたほぼ全ての作品についてインタビューしている、壮大な、カタログみたいな本です。

−−先ほどおっしゃっていた、ワイズマンがありのままの風景を撮る秘密も書かれているんですか?

 ええ。日本だと、想田和弘さんらがワイズマンの影響を受けていて、世界中にそうした映画監督がたくさんいる。みんな、ワイズマンの秘密を知りたいわけですよね。この本のインタビューの中で、ワイズマンは秘密の欠片を喋るときもあるけど、なかなかそう簡単には明かさないよみたいな、駆け引きもある。それから、映画づくりのための資金獲得とか、どうやって配給するとか、あるいは、社会的な作品だと被写体になっている人たちの許可をもらって問題が起きないようにするためにはどうすればいいか、とか。そういうことを彼がちょっとずつ断片的に話しているところを、ドキドキしながら長い時間をかけて読むのが、この本の醍醐味ですね。

−−では、『全貌フレデリック・ワイズマン』のなかで、大野さんが好きな一節を教えてください。

「私は映画を通してコンパッションを表現しようとしている。しかしそれと誰かの側に立つことは違う」。ワイズマンって、すごく中立的であるというか、被写体から距離をとろうとするんです。それも、大変な場所を撮っていればいるほど。だけど、映画全体を観た後に、ワイズマンが冷酷な人だとは思えない。今挙げた言葉は、「あなたは愛の作家なのでは?」と聞かれたときの、彼の答えです。「コンパッション」って、苦難を共にするとか、共感とか、うまい翻訳がなくてどう訳すかいろいろ考えちゃうんですけど。人が苦しんでいることを感じること、そしてそれを撮って世の中に発信することで「共感」というものを彼が表現しているのかな、っていう。私も、自分が何を書くのか迷ったときは、このページを開いて「コンパッションを表現するって、何かな?」って、ぼんやり考えたりするときがあります。

<プロフィール>
大野更紗 おおの・さらさ/1984年生まれ。作家。大学院に進学した2008年、自己免疫疾患系の難病を発症。その闘病体験を綴った『困ってるひと』が20万部を超えるベストセラーに。同書で、第5回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。2014年7月に新作『シャバはつらいよ』を上梓した。

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