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「僕が悩み、考えることをサポートしてもらうために読書をしていた」 アノヒトの読書遍歴:佐渡島庸平さん(前編)
講談社時代、週刊モーニング編集部で『ドラゴン桜』や『働きマン』、『宇宙兄弟』をはじめとした数々のヒット作を担当し、2012年に作家エージェント会社、コルクを設立した佐渡島庸平さん。今回はそんな編集のプロ・佐渡島さんの読書遍歴に迫ります。
「僕は中学時代、南アフリカの日本人学校に通っていたんです。学校には卒業生が残してくれた本がたくさんあって、それらをひたすら読み漁っていました。というのも当時はインターネットなんてものはありませんから、日本の空気は、その本たちから知るしかなかったんですね」
数ある本の中でも佐渡島さんが熱中したのが『沈黙』などの名著で知られる遠藤周作の作品でした。
「南アフリカで生活するうちに、僕は『なぜ人は差別してしまうんだろう』とか『人は宗教に何を求めているんだろう』とか、そんなことをよく考えるようになりました。でもそういう疑問って明確な答えというものがないんですよね。だから、小説を通して僕の問いと似たような問いに答えようとしている作家の作品がすごく好きだったんです。遠藤周作は、彼が戦後フランスに渡ったときの体験を元にした小説として『留学』という作品を残しているんですが、これは僕が南アフリカ時代に感じていた日本と外国との格差感みたいなものをうまく表現していて、すごく好きでした。」
更に、中高を通して佐渡島さんの心をつかんで離さなかったのが村上春樹の世界。佐渡島さんは、過去に村上春樹にまつわるこんな思い出があるそうです。
「以前村上さんはご自身で『村上朝日堂』というウェブサイトを立ち上げていたんです。そこでは村上さんが読者からの質問を受け付けていて、いろんなことに答えてくれていました。当時高校生だった僕はどうしても村上さんからの返事がほしくて、作品にまつわる話など、試行錯誤しながら答えたくなる質問を考えていたんです。でもなかなか回答は来ず。意外と『好きな映画は何ですか?』なんていう普通の質問には答えてくれたりして。村上さんから、3回だと思うのですが、直接メールをもらったのは、うれしい高校時代の思い出です。そのメールは、パソコンが古くなり使えなくなって、もう見れないのが残念なのですが。」
そんな村上春樹好きの佐渡島さんは東京大学文学部英文科のご出身。実は東大進学を決めたきっかけも村上春樹だったんだとか。
「村上さんは小説だけでなく翻訳も多く手がけていたので、その流れで高校時代はレイモンドカーヴァーやティム・オブライエンといったアメリカ文学にもどっぷりハマっていました。毎回村上さんのあとがきには『今回も翻訳家の柴田元幸さんにご協力いただき...』と書かれていて、『柴田さんって誰だろう?』と気になったんです。それから柴田さんが訳している本もどんどん読んでいったんですが、これがとても面白くて。柴田さんは、当時、東大で教壇に立たれていました。それで柴田さんに会いたい、授業を受けたいという一心で東大を志望したんです」
大学4年間を通して柴田さんの授業を受け続け、他学部の授業にも潜り込んでいたという佐渡島さん。"文学漬け"の大学時代の集大成となったのが、ティム・オブライエンの『失踪』や村上春樹が訳したことでも知られる『本当の戦争の話をしよう』をテーマにした卒業論文でした。
「ティムはベトナム戦争経験者でして、自身の作品も"愛情"や"記憶"といったテーマに寄せながらその体験を基にした作品を書き続けているんです。戦争中、ティムは戦場から逃げ出したくて外の世界を想像するんですが、その想像の世界での記憶と自分の目の前にある戦場の記憶と、どちらがよりリアルかということを作品の中で問いかけ続けています。一方読者である僕は本の中で知り得た情報と自分の読書体験、どちらがよりリアルかと考えるわけです。読み手の読書体験と作者の実体験がパラレルであることは非常にまれだと思いますが、ティムは読者にそれができるように書いていた。その構造が珍しく、面白さを感じたので、卒論では『ティムにとっての記憶の意味』をテーマに書きました。僕にとってもティムの読書体験はとても大事なものでした」
後編では、佐渡島さんが編集を手がけるあの人気漫画家の最新作にまつわるエピソードをご紹介します。お楽しみに!
<プロフィール>
佐渡島庸平
さどしま・ようへい/1979年生まれ。2002年に講談社に入社。週刊モーニング編集部にて『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などを担当する。2012年に同社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。