【押忍!論壇女子部】第二回:「豊崎由美 × 栗原裕一郎 いつも心に太陽を ~慎太郎で巡る現代日本文学60年史~ vol.4」を突撃!

完全な遊戯 (新潮文庫)
『完全な遊戯 (新潮文庫)』
石原 慎太郎
新潮社
555円(税込)
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 荻窪にあるライブハウス「ベルベットサン」で毎月開催されている「いつも心に太陽を ~慎太郎で巡る現代日本文学60年史」に、七夕の夜、行ってまいりました! 

 書評家の豊崎由美さんと、評論家の栗原裕一郎さんが、石原慎太郎の小説を批評するイベントです。
 
 石原慎太郎って、心酔する人もいれば大嫌いという人もいて、極端に評価が分かれる人物ですよね。昭和30(1950)年に発表した『太陽の季節』が社会現象を巻き起こし、政治家に転じ、もうおじいちゃんだけどいまだに新党結成の期待をかけられてしまうぐらい現役の有名人。ベストセラーも多数ある。でも、小説って読んだことありますか? 筆者は恥ずかしながらありません。

 しかし、イベントのサイトに記された「石原慎太郎の歩みは、戦後日本文学全体とほぼ軌を一にしている」という栗原さんの言葉を目にして、興味が出てまいりました。石原の軌跡を追えば日本文学の流れがわかる、ということなのね。何より、『文学賞メッタ斬り!』シリーズのファンですので、「トヨザキ社長が宿敵シンちゃんと闘っちゃうの!?」とニヤニヤ。おまけに相方の栗原さんといえば、『〈盗作〉の文学史』で、「盗作」を通して創作や文壇やメディアの問題について考えさせられてしまう、精緻にして一風変わった文学史を書かれたお方。お二人からどんな文学史が紡がれるのか、確かめにいかない手はありません。  

 イベントではこれまで、年代順に作品をとりあげてこられたそうですが、第四回目の今回は、デビューから政界入りする直前までのあいだに発表された『完全な遊戯』『乾いた花』『待ち伏せ』等々の短編が議題に。

 昭和32(1957)年に発表された『完全な遊戯』は石原の代表作と言われる作品の一つ。不良の若者グループが、わけありげな女性をナンパして監禁して弄んだ挙げ句、最後は殺してしまうという話です。ずいぶん人でなしな話のようですが、栗原さん曰く「石原は『太陽の季節』を発表した時からずっと、モラルの崩壊、価値紊乱という評価を作品に下されてきたけれど、その路線の一種の到達点。でも読むべきはストーリーじゃなくて、人間らしい感情を完全に消去したとき、どういうものが出てくるかという一種の実験が行われているところなんです」

 豊崎さんからも「倫理みたいなのを問うても仕方がないです。それにこの人の、行為を描くときのスリリングな描き方は悪くない。この作品は心理じゃなく、行為だけを描き続ける小説。私が当時の人だったら、いいじゃんて思ったと思う」と意外にもいい評価!

 モラルがないと言われ弾劾されたこの小説ですが、文芸評論家の江藤淳は、目的のために行われるのではない"純粋行為"を小説にしていると、高く評価したとのこと。また、小説の書き出しを「このようにダイナミックな文章はかつて日本の文学で一度も書かれたことがなかった」とべた褒めしてますが、豊崎さん、それにはちょっと疑問符。「えーっ、あの雨の描写から始める書き出し?《フロントガラスがいつの間にかまた薄く曇り始めた。「雨か、また」》(「完全な遊戯」より)だよ。普通じゃんね。そのもう少し先の《「おっ」言って素早くハンドルを切ったが雨は道に開いた穴へ大きな衝撃で落ちて過ぎた》(同前)の「落ちて過ぎた」という表現はなかなか個性的だなあと思うけど。でもねえ」。栗原さんからも「江藤淳と石原は、当初は盟友といえるような関係にあったんですが、この作品に対する評論を読んでいてもたまにピントが外れてるっていう感じがして、本当は江藤は、イマイチ好きじゃなかったんじゃないかと思うんですよ(笑)」とぶっちゃけた意見が。

 本作は、『処刑の部屋』という短編とともに、東京都青少年健全育成条例をめぐる都知事の発言が物議を醸した際、ネット民たちが「都知事だって昔はこんな不謹慎な作品書いてたくせに」とバッシングのネタとして持ち出したことでも話題になりました。かつては「子供が真似したらどうしてくれる」と言われる作品を書いていた石原が、その反対側に回ったというのは皮肉なもの。

 フィクションに書かれていることが現実に作用して犯罪を引き起こすと言えるのかどうかという問題は、ここでは置いておきますが、イベントで紹介された、「価値紊乱者」だったころの石原に影響された青年たちのエピソードはおもしろかったです。昭和31年、仙台の工場に勤める18歳と19歳の青年が、勤め先の工具を盗んで売って家出して、逗子に向かった。石原原作の『太陽の季節』の映画にあこがれての犯行だったのだけど、捕まった彼らが言ったことは、「映画とは違って汚い海だったのでがっかりした」ですって。そりゃあがっかりするわ!  

 豊崎さんがイベントの第二回目で石原を評して「時代に用意された玉座のようなものがあって、そこに座れる、時代に選ばれし者」(他の例は庄司薫、村上春樹、オザケン)とおっしゃっていますが、対談を通して、昔も今も、こうしてメインストリームに居続ける人の力というものを感じてしまいました。石原慎太郎の作品と、その作品が巻き起こしたことを追っていくと、戦後史そのものになっちゃうんだな、みたいな。また、語り手のご両名による切り取り方がお見事で、笑い転げているうちに、小説のことも世相のこともわかってしまうのです。

 毎月ほぼ第一土曜日に開催されているそうなので、最終回まで通いつめるつもりです!(N)

 「豊崎由美 × 栗原裕一郎 いつも心に太陽を 〜慎太郎で巡る現代日本文学60年史〜 vol.5」は、8月4日(土)18時から開催! 

 予約は荻窪ベルベットサン公式サイトから。

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