人質は過去を振り返る。「過去」をテーマにした書籍『人質の朗読会』

人質の朗読会
『人質の朗読会』
小川 洋子
中央公論新社
1,512円(税込)
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 毎日、時間は刻々と過ぎていきます。何人の人が「時間」を意識し、「時間」と戦い、焦りを感じているのでしょうか。

 総務省が3年半ぶりの『うるう年』の挿入を、今年7月1日に実行することを発表しました。『うるう年』とは、地球の自転を元にした時間と、原子時計の時間のずれを合わせるために1日を1秒長くするというもの。今年7月の挿入時間は、日本標準時で午前8時59分59秒と午前9時0分0秒の間に〝8時59分60秒〟が入ります。

 『うるう年』の挿入は、どこか自然に感じていた「時間」の違和感を感じ、改めて特別なものであることを実感します。「過去」「現在」「未来」と分けられる「時間」。みなさんはどの「時間」を大切にして過ごしていますか?

 「2012年本屋大賞」ノミネート作品のひとつに決定した、小川洋子著『人質の朗読会』。本書は、「過去」をテーマに描かれている小説です。

 地球の裏側にある、ある村で起こった、反政府ゲリラが8人の日本人旅行者を襲撃、拉致するという事件。百日以上が過ぎた頃、軍と警察の特殊部隊がアジトに強行突破し、人質は犯人の仕掛けたダイナマイトの爆発により8人全員が死亡。2年後、犯人グループの動きを探るため、特殊部隊が仕掛けた一本の盗聴テープが、ラジオで8回にわたり公開された。それは、人質の1人ずつが自分の過去を文章にし、自分の言葉で発表するというもの。盗聴時、観客は人質、見張り役の犯人、作戦本部でヘッドフォンを耳に当てる男。こうして人質の朗読会が開かれた。

 この衝撃のプロローグから、8人の人質と1人の政府軍兵士の9つの過去でストーリーが展開されていきます。

 「過去」「現在」「未来」。未来だと思っていたものは現在に、そして現在はすぐ過去に流れていきます。多くの人が大切にしようと思う「時間」ですが、刻々と流れていく時間に焦り、未来に不安を感じ、自分を見失うかのように慌ただしく過ぎ去ってしまいます。

 未来は誰にもわかりません。だから、余計に焦り、せわしなく動いているのかもしれません。しかし、本書に「未来がどうあろうと決して損なわれない過去」とあるように、誰にでも平等に過去は存在します。本書の人質のように、一旦未来も現在も置いて、過去を振り返る......そうすれば、もっと冷静に自分の在り方を見つめ直すことができるかもしれません。

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