なぜ今こそ『資本論』が必要なのか
2021年12月の『100分de名著』では、ドイツの経済思想家、カール・マルクス(1818〜1883年)の主著『資本論』を読み解いていきます。マルクス主義を謳(うた)ったソ連が崩壊して以降、「新自由主義」という名の市場原理主義が世界を席巻し、世界全体のあり方を資本主義が大きく変えていきました。経済思想家、大阪市立大学准教授の斎藤幸平(さいとう・こうへい)さんは、今だからこそ、『資本論』が再び必要だと説きます。
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世界中に豊かさをもたらすことを約束していたはずの資本主義。ところが、「人新世(ひとしんせい)」は、むしろ社会の繁栄を脅かすような数多くの危機によって特徴づけられています。金融危機、経済の長期停滞、貧困やブラック企業。そして、新型コロナウイルスのパンデミックと気候変動の影響による異常気象が、私たちの文明的生活を脅かすようになっています。
要するに、資本主義の暴走のせいで、私たちの生活も地球環境も、めちゃくちゃになっている。なかでも深刻な問題の一つが格差の拡大です。国際開発援助NGO「オックスファム」によると、世界の富豪トップ26人の資産総額は、地球上の人口の半分、実に約39億人の資産に匹敵するそうです。
南北問題のせい? いや、そうではありません。アメリカ一国に目を向けても、超富裕層トップ50人の資産は2兆ドルで、下位50%の1億6500万人の資産に匹敵するのです。これが、トランプ現象を引き起こしたアメリカの分断の原因の一つであるのは、間違いないでしょう。
日本にも、柳井正さんや孫正義さんのように、超富裕層に属する人たちがいます。けれども、私たち庶民は、長時間労働、不安定雇用、低賃金などを余儀なくされ、貧しくなっていくばかりです。必死に働いても、貯金はなく、子どもも作れない。年収200万円以下の人が1200万人もいる社会では、若い世代が将来に希望を持つことなどできないのも当然でしょう。医療費は高く、十分な年金のない高齢者にも生活に不安を感じている人は少なくありません。
さらに、グローバル資本主義の暴走が引き起こした気候変動に代表される世界的な環境破壊も深刻です。カリフォルニアの山火事、氷河や氷床の融解。日本でも梅雨時の集中豪雨や台風の超巨大化など、気候変動の影響は無視できなくなっています。
また、人類がインフラ整備のために、過剰な森林破壊を引き起こし、生物多様性が失われていくことが、新型ウイルスのパンデミックの原因にもなっています。気候危機も、パンデミックも「人新世」の帰結です。地球全体を掘りつくして、商売の道具にしてしまう資本主義のツケを払わされるのは、今を生きる私たち、そして未来を担う若い世代なのです。
このまま資本主義に人類の未来を委ねておいて、本当に大丈夫なのでしょうか。様々な問題が、想像を超えるスピードで拡大し、深刻化しているのに、なぜ資本主義にしがみついて“経済を回し”成長し続けなければならないのでしょうか──。
そんな疑問が湧いてくる世界だからこそ、『資本論』が再び必要なのです。顕在化してきた危機の根本原因は資本主義であり、だからこそ問題解決のためには、資本主義から脱却する必要がある、と私は考えています。もちろん、それは『資本論』を読破するよりもずっと難しいことですが、その一歩に向けた想像力と創造力を与えてくれるのが、マルクスなのです。だから今、世界では、改めて『資本論』が論じられるようになっています。
実際、近年のアメリカでは、ミレニアル世代やZ世代と呼ばれる若者を中心に「社会主義」を肯定的にとらえる人が増え、サンダース旋風を巻き起こしました。Z世代の代表的な人物、国連の会議で、各国の気候変動対策を痛烈に批判したスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリも、「無限の経済成長というおとぎ話」を批判し、資本主義に代わる「新しいシステム」を求めています。環境意識が高く、資本主義に批判的な若者が「ジェネレーション・レフト(左翼世代)」として、社会主義に共鳴するようになっているのです。
もちろん、ジェネレーション・レフトが求めているのはソ連や中国のような社会主義を標榜(ひょうぼう)する独裁国家ではありません。果たして、資本主義ではない、もっと自由で、平等で、豊かな社会を私たちはどうやって構想すればよいのでしょうか。かなり難しいですよね。けれども、そのヒントが『資本論』に眠っています。
“眠っている”というのは、刊行されている『資本論』を一読するだけでは気づかないかもしれないからです。気づきの助けになるのが、「MEGA(メガ)」と呼ばれる国際プロジェクトで刊行が進められている、マルクスの新資料です。
実はマルクスは『資本論』の第一巻は刊行したものの、全三巻の完成を見ぬままにこの世を去っており、第二巻以降は盟友のフリードリヒ・エンゲルスが後を継いで刊行しました。マルクスが晩年に遺した膨大な草稿や研究ノートには、エンゲルスの編集した『資本論』には収められなかった重要な論点が含まれています。けれども、それらは刊行されずに長らく眠っていたのです。
マルクスが遺した手紙や晩年の研究ノートといった新資料を重ね合わせることで、彼のエコロジー研究や共同体研究といった、これまでとは違う視点からの『資本論』の読解が可能になります。今回は、そうした近年の研究成果も踏まえて『資本論』を読み直し、150年眠っていたマルクスの思想を21世紀に活かす道を一緒に考えていきたいと思います。別の社会を想像する力を取り戻すために──。
■『NHK100分de名著 カール・マルクス 資本論』より
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世界中に豊かさをもたらすことを約束していたはずの資本主義。ところが、「人新世(ひとしんせい)」は、むしろ社会の繁栄を脅かすような数多くの危機によって特徴づけられています。金融危機、経済の長期停滞、貧困やブラック企業。そして、新型コロナウイルスのパンデミックと気候変動の影響による異常気象が、私たちの文明的生活を脅かすようになっています。
要するに、資本主義の暴走のせいで、私たちの生活も地球環境も、めちゃくちゃになっている。なかでも深刻な問題の一つが格差の拡大です。国際開発援助NGO「オックスファム」によると、世界の富豪トップ26人の資産総額は、地球上の人口の半分、実に約39億人の資産に匹敵するそうです。
南北問題のせい? いや、そうではありません。アメリカ一国に目を向けても、超富裕層トップ50人の資産は2兆ドルで、下位50%の1億6500万人の資産に匹敵するのです。これが、トランプ現象を引き起こしたアメリカの分断の原因の一つであるのは、間違いないでしょう。
日本にも、柳井正さんや孫正義さんのように、超富裕層に属する人たちがいます。けれども、私たち庶民は、長時間労働、不安定雇用、低賃金などを余儀なくされ、貧しくなっていくばかりです。必死に働いても、貯金はなく、子どもも作れない。年収200万円以下の人が1200万人もいる社会では、若い世代が将来に希望を持つことなどできないのも当然でしょう。医療費は高く、十分な年金のない高齢者にも生活に不安を感じている人は少なくありません。
さらに、グローバル資本主義の暴走が引き起こした気候変動に代表される世界的な環境破壊も深刻です。カリフォルニアの山火事、氷河や氷床の融解。日本でも梅雨時の集中豪雨や台風の超巨大化など、気候変動の影響は無視できなくなっています。
また、人類がインフラ整備のために、過剰な森林破壊を引き起こし、生物多様性が失われていくことが、新型ウイルスのパンデミックの原因にもなっています。気候危機も、パンデミックも「人新世」の帰結です。地球全体を掘りつくして、商売の道具にしてしまう資本主義のツケを払わされるのは、今を生きる私たち、そして未来を担う若い世代なのです。
このまま資本主義に人類の未来を委ねておいて、本当に大丈夫なのでしょうか。様々な問題が、想像を超えるスピードで拡大し、深刻化しているのに、なぜ資本主義にしがみついて“経済を回し”成長し続けなければならないのでしょうか──。
そんな疑問が湧いてくる世界だからこそ、『資本論』が再び必要なのです。顕在化してきた危機の根本原因は資本主義であり、だからこそ問題解決のためには、資本主義から脱却する必要がある、と私は考えています。もちろん、それは『資本論』を読破するよりもずっと難しいことですが、その一歩に向けた想像力と創造力を与えてくれるのが、マルクスなのです。だから今、世界では、改めて『資本論』が論じられるようになっています。
実際、近年のアメリカでは、ミレニアル世代やZ世代と呼ばれる若者を中心に「社会主義」を肯定的にとらえる人が増え、サンダース旋風を巻き起こしました。Z世代の代表的な人物、国連の会議で、各国の気候変動対策を痛烈に批判したスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリも、「無限の経済成長というおとぎ話」を批判し、資本主義に代わる「新しいシステム」を求めています。環境意識が高く、資本主義に批判的な若者が「ジェネレーション・レフト(左翼世代)」として、社会主義に共鳴するようになっているのです。
もちろん、ジェネレーション・レフトが求めているのはソ連や中国のような社会主義を標榜(ひょうぼう)する独裁国家ではありません。果たして、資本主義ではない、もっと自由で、平等で、豊かな社会を私たちはどうやって構想すればよいのでしょうか。かなり難しいですよね。けれども、そのヒントが『資本論』に眠っています。
“眠っている”というのは、刊行されている『資本論』を一読するだけでは気づかないかもしれないからです。気づきの助けになるのが、「MEGA(メガ)」と呼ばれる国際プロジェクトで刊行が進められている、マルクスの新資料です。
実はマルクスは『資本論』の第一巻は刊行したものの、全三巻の完成を見ぬままにこの世を去っており、第二巻以降は盟友のフリードリヒ・エンゲルスが後を継いで刊行しました。マルクスが晩年に遺した膨大な草稿や研究ノートには、エンゲルスの編集した『資本論』には収められなかった重要な論点が含まれています。けれども、それらは刊行されずに長らく眠っていたのです。
マルクスが遺した手紙や晩年の研究ノートといった新資料を重ね合わせることで、彼のエコロジー研究や共同体研究といった、これまでとは違う視点からの『資本論』の読解が可能になります。今回は、そうした近年の研究成果も踏まえて『資本論』を読み直し、150年眠っていたマルクスの思想を21世紀に活かす道を一緒に考えていきたいと思います。別の社会を想像する力を取り戻すために──。
■『NHK100分de名著 カール・マルクス 資本論』より
- 『カール・マルクス『資本論』 2021年12月 (NHK100分de名著)』
- 斎藤 幸平
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