阿久津主税八段「かなり生意気」だった10代のころ

撮影:河井邦彦
平成の将棋界はどのように動いてきたのか。平成の将棋界をどうやって戦ってきたのか。勝負の記憶は棋士の数だけ刻み込まれてきた。連載「平成の勝負師たち」、2020年8月号は阿久津主税(あくつ・ちから)八段が登場する。

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■血気盛んな若手時代

「若気の至りではないけれど、将棋が強ければ多少は生意気でもいいと個人的には思うんです。それも心の広い先輩が多い将棋界だからこそ。他の業界だったら間違いなくしばかれていたでしょうね」
平成11年の秋に17歳で四段になった俊英も、気づけば現役生活が20年を過ぎた。八段まで昇段を重ねて、竜王戦と順位戦ではともに最高クラスにまで上り詰めた。正義感が強い鋭くとがった性格は、結婚して家庭を持ち、さらには一児の父親になったことも手伝ってか、最近かなり丸くなった印象を受ける。
奨励会入会は平成6年。同期で棋士になったのは渡辺明三冠、橋本崇載八段、佐藤慎一五段の3人である。
平成11年の秋、同期で真っ先に奨励会を卒業したのは阿久津だった。後の三冠より半年早いデビューを果たす。
10代の頃は肩で風を切るような気の強さを前面に出して、頼もしいぐらいに血気盛ん。「かなり生意気でしたね」と思わず苦笑する。奨励会時代から大器の呼び声が高く、将来を嘱望されては無理もないだろうか。だが、デビュー直後は期待どおりにはいかず、プロの洗礼を浴びた。「結果が出なかったということは、単に弱かっただけ。甘く見ていたわけではありません」と実に潔い。
盤外では競馬や麻雀など“課外授業”に精を出し、どこか才能を持て余しているような感があった。また、若手では珍しく淡白な一面もあり、そんな阿久津を一喝したのが8歳年上で当時六段だった鈴木大介九段。鈴木九段は阿久津の才能を高く評価していたひとり。弟分の不甲斐(ふがい)なさをもどかしく感じていたのだろう。しかし、負けん気の強い阿久津は「私が目指しているのは羽生さんクラスの棋士であって、鈴木さんクラスではありません」と兄貴分の愛のムチを突っぱねてしまう。世が世なら暴言だ。
このエピソードは阿久津の結婚式で祝辞を担当した鈴木九段が明かしたもの。
「阿久津君は現在、私より上のクラスで活躍しているので、彼の言うことは間違っていなかった」と期待する後輩の門出に花を添えたのは、まさしく愛の証しだ。そんな先輩の叱咤(しった)激励によって阿久津が頭角を現したのは五段になったころ。平成16年度の第54期王将戦で予選を突破し、挑戦者決定リーグに参戦したのだ。
阿久津はリーグの初戦で羽生善治二冠(当時)と対戦した。これが“目指していた”羽生九段との記念すべき初手合いとなった。
公式戦12連勝をひっさげて意気揚々と挑んだ若武者だったが、結果は完敗。鼻っ柱をへし折られる格好になった。羽生九段とは公式戦で18回の対戦があり、わずか1勝にとどまっている。
「将棋力も人間力も、ダメダメですね。渡辺氏(明三冠)もそうですが、超一流はメンタルのブレが極端に少ない。調子が悪いときでも将棋の内容はそこまでひどくならないですし。とは言っても同じプロですから。もう少し勝たないと」
第一人者との初対戦に敗れた阿久津は、3勝3敗で王将リーグを終えた。6戦目で敗れてプレーオフ進出を逃した悔いが残る。この敗戦をバネにして、平成21年に将棋オープン戦を制すると、半年後の銀河戦でも優勝を飾ったのである。
※続きはテキストでお楽しみください。
■『NHK将棋講座』連載「平成の勝負師たち」2020年8月号より

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