戦後最も難解な本『共同幻想論』 知の樹海で迷わないために

「戦後最大の思想家」と呼ばれた吉本隆明(よしもと・たかあき)は、内外の膨大な思想・哲学を参照しつつも、それらに頼ることなく、自らの思想をつきつめ、強靱な思想体系を打ちたてました。『古事記』や『遠野物語』など日本独自の物語から、国家のありようを分析。その到達点が『共同幻想論』です。日本大学危機管理学部教授の先崎彰容(せんざき・あきなか)さんが戦後最も難解な本と言われる『共同幻想論』を読み進めるための指針を示してくれました。

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■『共同幻想論』とはなにか

『共同幻想論』は、1968年12月、河出書房新社から単行本として刊行されました。
成立の経緯を追っておきます。この本の前半部分は、まず同社刊行の雑誌「文藝」に、1966年11月号から1967年4月号まで連載されました。「禁制論」「憑人(つきびと)論」「巫覡(かんなぎ)論」「巫女(みこ)論」「他界論」「祭儀論」の順です。後半部分の「母制論」「対幻想論」「罪責(ざいせき)論」「規範論」「起源論」は書き下ろしで、それに「序」と「後記」を付して出版されました。
今回このテキストと番組で用いるのは、その単行本初版ではなく、三つの序文を付した角川ソフィア文庫の「改訂新版」(1982年角川文庫初版)です。
しばしばこの本は、非常に読みにくいと言われます。なぜでしょうか。冒頭部分から読み進めていくと、途中で読者は「なぜ今、この文章を読まされているのだろうか」「この引用はなにを言いたいために引かれているのだろうか」という疑問に陥ります。著作全体を流れる大きな物語、一貫した筋が非常につかみにくい作品なのです。民俗学者である柳田國男の『遠野物語』や、現存する最古の日本神話である『古事記』からの多くの引用、またフロイトやエンゲルスなどの参照文献をなぜ延々読まされるのかが、つかめないというわけです。
解決方法はあります。まずは『共同幻想論』がなんのために書かれたのか、吉本隆明の問題意識を共有してしまうことが重要です。難解な文章を読んでいる最中、樹海をさまよい方角を見失わないためにも、視野を広げ、吉本自身の「思想の原点」に遡っておく必要があるのです。
そのために、今回は、二つのことを行います。まず第一に、徹底的に序文にこだわり、吉本思想の核心をつかみだします。具体的には文庫版に付されている三種の序文を中心に読むことで、問題意識をはっきりさせていきます。三つの序文とは、順に「角川文庫版のための序」、「全著作集のための序」、そして単行本刊行時の「序」です。
第二に、吉本隆明の戦争体験を考察します。戦時中、すでに学生(高等工業学校生)だった吉本は、読書に基づく徹底した思索の結果、戦争を肯定し国家のために死ぬことも覚悟していました。しかし敗戦により、自分が確信をもって抱いた死生観は全否定されてしまったのです。
この深刻な体験は、吉本のなかにことばにならない複雑な陰影を刻印しました。この影を一つひとつ文字に置きなおすことで、なんとか精神の均衡を保つことができた。よって、この『共同幻想論』にも戦争体験から導きだされた思索が、色濃く見てとれます。以上の二つの論点を押さえておけば、樹海の中でも方向感覚を失わず、吉本と共に思索の杜(もり)を楽しく散策できるはずです。
■『NHK100分de名著 吉本隆明 共同幻想論』より

NHKテキストVIEW

吉本隆明『共同幻想論』 2020年7月 (NHK100分de名著)
『吉本隆明『共同幻想論』 2020年7月 (NHK100分de名著)』
先崎 彰容
NHK出版
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