あの舞台に戻る

撮影:小松士郎
中村太地(なかむら・たいち)七段が講師を務める将棋フォーカスの講座「太地隊長の角換わりツアー」が3月で最終回を迎えました。同じく最終回となる人気コラム「太地のオフサイド・トラップ」では、これからの決意を新たにしました。

* * *

「あと一歩」から4年。2017年に王座戦で挑戦者になりました。相手はまたも羽生善治王座です。タイトル挑戦にあまり絡めずにいた状況でつかんだ久々のチャンスに、大舞台で戦える高揚感よりも、この機会を逃したら二度とないかもしれないと危機感を持って臨みました。
結果は3勝1敗でのタイトル奪取。決定局は角換わりで、「研究できることはやったから、何とかうまくいってくれ」と願うばかりでした。
なぜ今度は獲れたのか。実は、自分でもよく分からないままです。以前の王座戦と比べて、当時の自分が強くなっていたかは何ともいえません。しかし、たとえ能力が相手より上回っていなかったとしても、勝負は勝たないといけません。思い当たる節があるとすれば、自分を追い込んだのが勝因でしょうか。追い込み過ぎるとバランスが崩れかねませんが、このときはよい方向に向いてくれ、全力を出しきれました。紙一重の勝負だと、心の整え方が勝敗を分ける気がします。
タイトルを獲得した実感は、終局直後よりも日々の活動でジワジワと湧いてきました。反響の大きさ、また「王座」として対局やイベントに臨むたびに肩書の重さを感じました。
そして、それはタイトルを失冠したときも同じでした。斎藤慎太郎七段を相手に迎えた防衛戦。挑戦の気持ちで臨みましたが、2連敗スタートで追い込まれます。挑戦者の勢いをはね返すほどの気持ちを持っていないといけなかったのでしょう。カド番をしのいでフルセットに持ち込んだものの、最終局で敗れました。
あれから、1年以上が過ぎました。またイチからのスタートで、淡々と盤上に向き合っています。四段昇段が最終目標の奨励会と違い、棋士人生のゴールをどう描くかは自分次第です。それを実現するには、やはり強くなるしかないのです。
一歩一歩前へ、またあの舞台に戻る。30代の決意を記して、終わります。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
■『NHK将棋講座』連載「太地のオフサイド・トラップ」2020年3月号より

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