中村太地七段、タイトル戦の悔しい思い出

将棋フォーカスで「太地隊長の角換わりツアー」の講師を務める中村太地(なかむら・たいち)七段。テキストに好評連載中のコラム「太地のオフサイド・トラップ」では、プロ棋士になってタイトル戦に出場し始めたころの思い出を綴っています。

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■あと一歩が遠い

2006年4月付けでプロ棋士になり、高校3年生がスタートしました。同じ対局でも奨励会と棋士の公式戦は別物です。三段リーグの持ち時間が1時間半なのに対し、順位戦は6時間。深夜まで戦う体力が必要になり、少しでも甘い駒組みをすればノーチャンスで負けることも珍しくありません。また、ベテラン棋士が長年の対局で培ってきた地力など、盤を挟んで初めて分かることも多かったです。
プロの水に慣れたのは、デビュー3年目からでしょうか。対局前の準備や持ち時間の使い方などに加え、大学2年生になってキャンパスライフの勝手がつかめてきました。2011年3月に卒業するまで、早稲田大学で学んだことは自分の大きな財産です。問題に多様なアプローチがあることは、盤上盤外を問わず、思考法として大きな核になっています。
それを生かせてか、つかめたチャンスが2012年の棋聖戦挑戦でした。相手は羽生善治棋聖。子どものころから憧れの棋士と、目標だったタイトル戦で戦えるのは大きな喜びで、気持ちが高まりました。師匠の米長邦雄永世棋聖も喜んでくださり、「どうしても獲ってほしい」といわれたのが印象に残っています。師匠はこの年の12月に亡くなられましたが、自分の先が長くないのを知っていながら、私の戦いを見守っていたのかもしれません。結果はストレート負け。あっという間に終わってしまい、恥ずかしい気持ちでいっぱいでした。いま思えば明らかに力が足りず、がむしゃらに獲りにいく気持ちも欠けていたのでしょう。その直後、王座戦の挑戦者決定戦でも、羽生二冠に敗れました。踏み込んで読む執念が足りず、心の弱さが出た将棋でした。
翌年、王座戦を勝ち上がり、羽生王座に挑みます。今度こそと思って臨んだシリーズは、2勝1敗から連敗で敗退しました。あと一歩だけど、その一歩が遠い。タイトル獲得が現実になってきただけに、棋聖戦とは違った悔しさがありました。
※肩書はテキスト掲載当時のものです。
■『NHK将棋講座』連載「太地のオフサイド・トラップ」2020年2月号より

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