観戦記者をあぜんとさせた芝野虎丸名人の「鈍感力」

観戦記者だからこそ垣間見ることのできる棋士の側面を綴る人気コラム「観戦記者の独り言」。2020年1月号では、松浦孝仁さんが目撃した芝野虎丸名人の“ある行動”について筆を執ります。

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なぜ芝野虎丸は10代の名人になれたのか。読みの深さ、形勢判断の正確さ、色々な視点からさまざまな意見があると思う。私が挙げたいのは精神力だ。「鋼の精神の持ち主」というカッコいいものではない。語弊があるかもしれないが、あえて「鈍感力」としたい。
名人戦第1局は大逆転負けだった。七番勝負は長丁場とはいえ、きっかけさえあれば一方に星が偏るもの。逆転というのは、十分にそのトリガーになり得る。
第2局は張栩名人の故郷、台湾での対局だ。挑戦者が連敗したら…。こんなことは誰でも考え、名人奪取は難しくなるとの結論に至るだろう。当事者ならなおさらだ。
19歳の挑戦者はどんな心境だったのか。心の内は知る由もないが、第2局の観戦記を担当した私は彼の行動にあぜんとさせられた。同時に、名人位移動を予感した。台湾入りした当日の夕刻のことだ。夕食会会場へバスで移動する際、芝野は前方の席に一人ポツンと座っていた。後部座席で周囲とにぎやかに談笑する張栩名人とは対照的だった。異変に気付いたのは出発してまもなくのこと。彼は、舟をこぎ出した。コックリ、コックリしたかと思うと窓ガラスに頭をコツン。これを何度も繰り返した。そう、寝ていたのだ。
打ち掛けの晩は、なんと11時間睡眠だったという。芝野新名人は、プレッシャーに強いとか弱いとか、そういう次元の棋士ではないと確信した。「鈍感力」を武器にただひたすら最強手を追い求めるスタイル。こんな棋士、見たことも聞いたこともない。
※肩書・年齢はテキスト掲載当時のものです。
■『NHK囲碁講座』連載「観戦記者の独り言」2020年1月号より

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