稀代の名君・李世民即位のいきさつ

『貞観政要(じょうがんせいよう)』とは、唐(618~907)の第二代皇帝、太宗(たいそう)・李世民(りせいみん)と、その臣下たちの言行録です。この本を「世界最高といってもいいリーダー論の古典」と呼ぶ立命館アジア太平洋大学学長の出口治明(でぐち・はるあき)さんに、名君として知られる李世民がどのような経緯で即位したのか、お話を聞きました。

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『貞観政要』にその言行が記された唐の第二代皇帝、太宗・李世民(在位626~649)は、のちに「貞観の治」と呼ばれる太平の世を実現した名君です。太宗はなぜ立派な皇帝になれたのでしょうか。『貞観政要』という中国の古典をよりよく理解するために、まずは時代背景からお話ししたいと思います。
唐(618~907)を建国したのは、李世民の父、李淵です。唐の前に中国を統一していた隋(ずい)は、大運河をつくるなど土木事業を盛んに行って民衆を疲弊させ、周辺国への遠征に失敗したりするなど失政が続いたため、人々の反乱が起こり、わずか38年で滅んでしまいました。ちなみに隋と唐はともに、北方から移動してきた遊牧民にルーツを持つ王朝で、李淵は隋の第二代皇帝のいとこにあたります。
唐を建国するにあたって功績があったのが、李淵の次男、李世民でした。李世民はまだ20歳を過ぎたばかりの若者だったのですが、李淵に挙兵を勧め、自ら軍隊を率いて敵対勢力を平定し、建国間もない唐を軌道に乗せる重要な役割を果たしました。
しかし、そんな李世民の活躍を快く思わない人もいました。それが、李淵の長男、李建成(りけんせい)です。皇太子の地位も弟によって奪われかねないと危惧した李建成は、四男の李元吉(りげんきつ)と図って、次男である李世民の殺害を計画します。その動きを察知した李世民は先手を打ちました。臣下らと謀り、兄と弟を殺害したのです。この事件は「玄武門(げんぶもん)の変」と呼ばれています。玄武門の変のあと、李世民は父の李淵を軟禁して実権を掌握。29歳にして第二代皇帝に即位しました。
李世民が皇帝となった背景には、実はこのような血なまぐさいドラマがあったのです。兄弟を殺して実力で帝位を奪い取った。このとてつもない汚名を返上するには、いったいどうすればいいのか。李世民が出した答えは、「優れた皇帝になること」でした。ひたすら正しい政治を行い、部下の言うことを聞いて、人民のために尽くし、贅沢をせず、業績をたくさん残してみんなに認めてもらうしかない。そう考えたのです。
李世民がこのように考えることができたのは、ひとつには彼自身が賢い人だったからです。加えて、そこには「易姓(えきせい)革命」という中国ならではのロジックがありました。易姓革命とは、王朝の交代について孟子(もうし)の考えに裏付けられた思想で、徳を失った王朝が天から見放され(天命が革〈あらた〉まる)、王家の姓が易(か)わる(変わる)という理論です。天は君主に人民を統治させていますが、その様子をいつもチェックしていて、悪政が行われていれば天災を起こして君主に警告を発し、それが無視されると、今度は人民に反乱を起こさせて、新しい王朝に取って代わらせるのです。
この考え方に従えば、滅んだ王朝の最後の君主は悪政を行った人、ということになりますね。実際に、隋の最後の皇帝である煬帝(ようだい)は、中国史を代表する暴君とされています。もちろんこのロジックには、現王朝の正統性を担保するために都合のいい考え方だという側面もあります。煬帝が本当にそこまでの悪政を行ったのかどうかは、評価が分かれるところです。
いずれにせよ、易姓革命と煬帝の存在は、李世民に大きく影響したと考えられます。というのも、煬帝と李世民は即位の事情が似ているからです。ともに次男で皇太子ではなく、肉親を殺したのちに帝位に就いている。おそらく李世民は次のように考えたのでしょう。煬帝は暴君ということになっているが、実は自分と似ている。ということは、人々の中には自分を悪く思っている人もいるだろう。
このままではまずい。自分が立派な皇帝だと思われるためには、ひたすら自分を律して良い政治を行うしかない。そうすれば、のちの時代にもそう悪く書かれることはないだろう。同時に、易姓革命の思想にのっとって、煬帝のことは貶(おとし)めるようにしよう。
こうして李世民は心を入れ替え、良きリーダーとは何かを一所懸命考え、それを実践する道を歩み始めたのです。
■『NHK100分de名著  呉兢 貞観政要』より

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呉兢『貞観政要』 2020年1月 (NHK100分de名著)
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出口 治明
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