「はい、どうぞ、くうちゃん」 山下敬吾九段の空気を読む力

観戦記者だからこそ目にすることができる棋士の姿があります。対局場の内外での様々な出来事を綴る「観戦記者の独り言」。2019年6月号では、高見亮子さんが山下敬吾九段のほっこりするエピソードを紹介してくれました。

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私は、第43期棋聖戦七番勝負の第5局の観戦記を担当させていただきました。2勝目を挙げ「もう一局打てるのがうれしい」と顔をほころばせた山下九段は、打ち上げの席でもにこやかでした。記録を務められた常石隆志三段が「僕は日本棋院の野球部に入っていて…あ、くうちゃんも入ってるんですよ」と切り出したときでした。
「くうちゃん」というのは、やはり記録を務められた小山空也四段のことです。周囲の人たちの耳に「くうちゃん」という響きが心地よく、ほっこりした空気になりました。その空気をスッと読まれた山下九段が、何気なく「くうちゃん。おすしとりましょうか?」と声をかけたのです。「あ。ありがとうございます。お願いします」と空也四段。山下九段は「何がいいですか」と尋ねながら小皿に握りずしをとっていき「はい、どうぞ、くうちゃん」と渡しました。皆はここぞとばかり、「くうちゃん! 山下先生に!」「くうちゃん!」と「くうちゃん」を連呼しながら、山下九段とともに笑い声を上げたものでした。
その後の7局目は「棋譜が残るようになった四百年の囲碁史の中で、五本の指に入る壮絶な名局」と評されました。絶体絶命にしか見えなかった形勢を決して諦めずにひっくり返した井山裕太棋聖の7連覇にも、負けても負けても挑戦者に勝ち上がり続けて戦う山下敬吾九段にも、勇気と感動をいただきました。何日たっても興奮が覚めやらぬ状態です。
■『NHK囲碁講座』2019年6月号より

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