老舗鮭料理店の女将が語る 本場の石狩鍋

みそ味がベースの汁に鮭のあらから出るうまみ、野菜の甘みが溶け出して、なんともまろやかな味わい。仕上げに粉山椒をふるのがお約束。鮭の臭みも消え、洗練された味わいに。撮影:田渕睦深
獲れたての鮭を、野菜とともにみそ仕立ての鍋ものにした「石狩鍋」。地元の漁師たちのためのまかない料理が発展したものです。鮭の“あら”まで余すことなく味わいつくす石狩鍋は、北の大地ならではの食文化が生み出した鍋料理。石狩が鮭漁で栄えた明治時代にこの地に創業、以来140年近くにわたって鮭料理を作り続けてきた老舗料理店の4代目女将に、本場の石狩鍋を教えていただきました。

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石狩鍋はもともとは、漁に出ていた漁師たちが、獲れたての鮭と、地元で採れた野菜を使って作ったまかない料理だった、といわれています。
「鮭漁で町が潤うと、各地からきた漁師相手に、芸者さんを呼んで毎晩宴会が行われるようになりました。それに伴い、石狩鍋もまかないとしての漁師料理から、おもてなしの宴会料理へと洗練されていったようです」
石狩川にほど近い場所に創業当時の風情を残して立つ、老舗鮭料理店の4代目女将・石黒聖子さんは話します。
冷蔵庫などない時代、生の鮭をふんだんに使う料理を味わえるのは、漁場に近い石狩の特権でした。通常は捨ててしまう“あら”(魚を下ろした後に残る頭、中骨、かまなど)を使うのも、石狩鍋ならではの特徴です。
「鮭は捨てるところがありません。中骨や頭の部分もすべて入れて煮込みます。いろいろな部位を入れることで、いいだしが出るんですよ」(石黒さん)
具材は鮭のほかには、キャベツ、玉ねぎ、長ねぎ、つきこんにゃく、豆腐、春菊、たけのこなど。野菜はすべて石狩で採れたものを使っているそう。
こちらの店では、味の決め手となるみそは、今も創業時と同じ方法で作られる自家製を使用しています。鍋用の特別なものではなく、石黒家のみそ汁などにも使っているそう。
さらに味の決め手がもうひとつ。仕上げにふる粉山椒です。山椒のスッとする香りと辛みで鮭の臭みがなくなり、まろやかなみそ味がキリッと引き締まります。
鮭が大量に獲れ、鮭との関わりの深い土地ですから、石狩鍋もさぞ古い歴史があるものと思いきや、「実は、そう古い歴史のある料理ではありません」と、石狩市教育委員会の工藤義衛さん。
「明治時代の初めに、鮭を使った“台鍋(だいなべ)”と呼ばれる鍋料理があり、それが石狩鍋の原型といわれています。現在の石狩鍋のような形に発展したのは、明治時代に栽培が始まった西洋野菜、キャベツや玉ねぎを使うようになってから。そのことから見ても、明治時代以降だと考えられます」(工藤さん)
石狩鍋という名がついたのは、おそらく戦後になってから。昭和20年代の後半、石狩では鮭の地引き網漁見学がブームになりました。その観光客を相手に、石狩鍋という名前で提供したことが始まりといわれています。
また、昭和30〜50年代には、冷凍技術の発達などで生の鮭が入手しやすくなり、全国で石狩鍋を味わうことができるようになりました。すると石狩鍋の名前は一気に広まり、ようやく北海道の郷土料理として認知されるようになったのです。
石狩の鮭を丸ごと使い、開拓者によって持ち込まれた西洋野菜を取り入れた石狩鍋は、北海道の歴史と文化が生み出した鍋。農林水産省が主催する「農山漁村の郷土料理百選」にも選ばれています。
※テキストでは、料理研究家の冬木れいさん考案の家庭版石狩鍋のレシピを紹介しています。
■『NHK趣味どきっ!心も体もぽっかぽか 鍋の王国』より

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