おいしい固定種を育てたい——ある農場長の思い

早朝の畑で、ケールの「コラード」を収穫。油炒めにするとおいしく、ビタミンなどの栄養価も高い品種だ。撮影:栗林成城
千葉県佐倉市で固定種の野菜作りに取り組む「在来農場」。収穫した野菜を東京都内の直営レストランで提供する、「ファーム・トゥ・テーブル」を実践しています。農場長の寺尾卓也さんとレストランオーナーの古森啓介さんに、固定種への思いを聞きました。

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■「失敗を野菜のせいにするな」

一面に広がる色とりどりのケール畑。今日も早朝から、葉の摘み取りに大忙しです。「焼いて塩をふっただけでもおいしいと、レストランのお客様が驚かれます。今季の作付量は2万株以上。人気があるので、来年は3万株植えるつもりです」。そう話してくれたのは、「在来農場」農場長の寺尾卓也さん。千葉県佐倉市に点在する合計約7haの畑で、10名のスタッフとともに年間150品種以上の固定種(※)の野菜を、農薬や化学肥料を使わずに栽培しています。
※固定種……多くの株のなかから、その品種の特徴がよく現れた株を選抜し、栽培を繰り返すことで出来上がった品種
「おいしい野菜を作りたくて、各地の農家さんやレストランのシェフにアドバイスを求めるなか、たどり着いたのが固定種でした。とある農家さんで食べさせてもらった固定種のコマツナやニンジンが、ものすごく味が濃くて、おいしくて衝撃的だったんです。僕もこんなおいしい野菜を作りたいと思って、固定種を育て始めたんですよ」
一般的に栽培が難しいといわれる固定種。寺尾さんも当初はうまくいかないことがあったそうです。「肥料を与えず野菜の力だけで育てようというこだわりで始めたのですが、葉もの野菜が、双葉の段階で全部枯れてしまったんです。農業をしてきてそんな経験は初めてだったので、ショックでした」。そのとき寺尾さんの脳裏に浮かんだのは、固定種のおいしさを教えてくれた農家さんの言葉でした。
――野菜のせいにするな――。
「古くから日本に根づいた固定種(=在来種)とはいえ、多くの原産地は海外です。日本に伝わるまでの長い間にはいくつもの異なる土地で作られ、タネの中にはさまざまな環境でも育つ力が秘められているはずなんですね。野菜は生きることに決して手を抜きません。台風でやられても、翌日には上を向こうとする。『もうおれ、このへんでいいわ』なんて諦めることはなくて、なんとかして育とうとします。だから、うまく育たないのは野菜のせいではなく、彼らが育つ環境を作れない僕らのせいなんですよ」
失敗は、固定種ゆえの難しさではなく、その土が野菜にとって生育に適さなかったのだと悟った寺尾さんは、「無肥料で育てたい」という人間本位の考え方を捨て、野菜の立場で考え直しました。そして、地力のある土作りに取り組み始めたのです。
※テキストでは固定種を栽培するための寺尾さんの施策や、固定種の未来に寄せる思いなどをたっぷり紹介しています。
■『NHK趣味の園芸 やさいの時間』2018年10・11月号より

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