簾のある風景 なつかしい日本の夏を詠む

記録的な猛暑が続いた今年の夏。エアコンがなかった時代、人々はなんとかして暑さをさえぎり、快適に暮らそうと様々な知恵を巡らせてきました。そんな工夫から生み出された生活用品は、今では見ることも少なくなりましたが、俳句の中では季語として、いきいきと夏を表現してくれます。俳人の宇多喜代子(うだ・きよこ)さんが、簾を詠んだ句を紹介します。

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いちまいの簾の奥の暮しかな

鈴木貞雄(すずき・さだお)


「簾(すだれ)」は夏の季語です。この句の簾も夏の暮しの一景です。建具(たてぐ)を外して広くなった座敷(ざしき)が簾で仕切られており、奥の間に家族の日常が見えるという、なつかしい日本家屋での暮しをとらえた句です。
夏季、襖(ふすま)や障子(しょうじ)を外し、それと入れ替えに簾障子を入れたり、簾をかけたりして部屋を涼しくします。簾障子も簾も、葭(よし)、萱(かや〉、竹などを用いて作られています。太葭や細葭を用いて建具にしたものが簾障子、衝立(ついたて)にしたものが簾衝立、また装飾用の布をあしらった座敷簾、いずれもこまかく細工された夏季用品です。風通しをよくし、まるまる見えるところをちょっと隠すなどに役立ちます。部屋がこの「簾」に変わると、ああ夏だという感じを強くしたものですが、当節では室内冷房がゆきとどき、室内に簾風景を見ることも少なくなりました。
ほろほろと雨吹きこむや青簾(あおすだれ)

正岡子規(まさおか・しき)


「青簾」は、夏の強い日差しを避けるために軒のきや縁先に掛けたものです。竹を細く割(さ)いて編んで作られています。雨は、さほど強くない夏の雨でしょう。まだ竹の青みの残る軒簾(のきすだれ)に吹き込んでいる様子が見えるようです。
どうにかして夏の暑さをさえぎり、快適に過ごしたいとあれこれ考えた先人たちの工夫がしのばれます。ほかにも布を掛け渡した「日除(ひよけ)」、粗く編んだ「葭簀(よしず)」を立てかけたり、窓の外に戸外用の簾を吊るしたり、家屋の仕様や場所に応じた用品で夏の直射日光を避ける工夫をします。
「簾」のほか「青簾」「日除」「葭簀」など、歳時記ではそれぞれ個別の季語として立項されています。
暑さを避けるための工夫のひとつに天然素材を用いること、これがありました。簾に用いた葭や竹のほか、籘(とう)の椅子(いす)や筵(むしろ)、藺草(いぐさ)の敷物、座布団、他にもパナマ、棕櫚(しゅろ)、蒲(がま)、麻、ひんやりした革、陶の枕などなど。
冷房装置が行き届いたいま、これらの多くが過去の遺物になりつつあります。それでも、ひんやりした藺草の寝茣蓙(ねござ)に竹製の籠かご枕まくらでの昼寝など、いいものです。そんな寝姿を隠し、風だけを通してくれるのが簾や簾障子、簾衝立。これらに更なる涼味を加えるために「風鈴」を吊るしてチリリリという音や「掛香(かけこう)」のかそけき香を愉(たの)しんだり、「打水」をしたりします。
さて暑い夏も過ぎ、暑を避けるための工夫が不用になってきます。「夜の秋」がそろそろ「秋の夜」になってくるころ、身辺にあった団扇(うちわ)や扇(おうぎ)をはじめ夏用の設(しつら)えがあたりの天象や暮しの運びとそぐわなくなってきます。そんなころの簾が「秋簾」です。歳時記には「秋簾」を主季語としているものもあれば「簾名残(なごり)」「簾の名残」として立項しているものもあります。つまりは、秋になってあたりにそぐわなくなった簾のこと、これが秋簾です。
退院をして来てをられ秋簾

深見けん二(ふかみ・けんじ)


しもた屋にまじる小店(こだな)の秋簾


■『NHK俳句』2018年8月号より

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