「HOW」でなく「WHY」を探る

ユング分析心理学と自然科学
「こころの問題」について考え続けた臨床心理学者・河合隼雄。1965年、37歳の時にスイスのユング研究所で日本人として初めてユング派分析家の資格を取得し、帰国するとユング心理学をできるだけわかりやすく日本に紹介するために『ユング心理学入門』を書き上げました。京都大学教授・臨床心理学者の河合俊雄(かわい・としお)さんが、その前半部分を読み解きます。

* * *

『ユング心理学入門』はまず、ユングが創始した分析心理学の基本的なスタンスについて述べています。
分析心理学はわれわれの前に一人の心を病むひとが立った場合、その人に対して助力をするのに必要な心理学について考えようとするのである。つまり、これは理論の精密さや明確さを誇りとするよりは、実際場面に役立つことを第一と考える心理学を探し求めようとの試みである。自動車を修理するひとが自動車について知り、人間の病気をなおす医者が人間の身体について知っているように、われわれ心理療法家─ユングは好んで、こころの医者(Seelenarzt)と呼んだが─は、心について知らなければならない。
ここで指摘されているのは、ユングの心理学が一般の心理学や医学をはじめとする自然科学とは一線を画すものだということです。ユングのいう〝こころの医者〟は、患者へのアプローチの仕方も、そこで追求される課題も、病気を治す医者とは異なります。著者はそのことを、結婚式を目前にして恋人を交通事故で亡くした人を例に説明しています。
最愛の人を失った人の「あの人はなぜ、死んでしまったのか」という悲痛な問いに対し、医者は「頭部外傷によって」「出血多量により」と説明するでしょう。しかし、それがいかに“科学的に正しい”答えであっても、悲嘆に暮れる人を満足させることはありません。なぜなら、医者は「How=いかに」を語ったにすぎず、この人の「Why=なぜ」には答えていないからです。
自然科学が答える「How」に不満をもった人は、次に自らの問いを「What」に変えて、「私たち二人を引き裂いた死とは何か」と考えはじめます。しかしこれは宗教や哲学の領域の問いです。科学が精密さや明確さを至上とするものならば、宗教や哲学が追求するのは普遍性であり、深い悲しみの淵にある人の“個人的”な心の問題からは離れていきます。
われわれ心理学者としては、死とは何かということを哲学的に追求するのではなく、死とは何かという質問の背後に、どのようにして情動が高まり、どのような過程をたどってそれは平衡状態に達するのかという、心理現象をこそ、与えられた課題として追求すべきではないかと思われる。そして、このような知見をもつことが、われわれの心理療法の実際に役立つと考えられる。
科学的な理論や哲学的な真理に当てはめて考えるのではなく、目の前のクライエント(来談者)の心理現象と向き合い、その人の「素朴にして困難なWhy」に答えていくのが心理学であり、ユングの目指した心理療法だということです。
心理療法家は、Whyに直接答えるのではないが、視野を拡大することによって、つまり、背後にある情動的なものに目を向けることによって、それを結局、異なった次元でのHowの問題としてみることができるといえる。人間の心の情動に関する知見を基にしながら、患者のくりだすWhyの鎖を共にたどりつつ、一つの高次の平衡状態に至るものである。クライエントの心を縛りつける「Why」の鎖を共に辿り、その人を揺り動かしている情動がおさまって心のバランスを取り戻していく過程を〝共に歩む〟のがセラピスト(心理療法家)の本領です。クライエントの問いや悩みに「解答」を与えるのではなく、「解決」へと至る道を一緒に探る。高名なセラピストに相談すれば、原因をたちまち見抜いて、どうすればよいかを〝教えてくれる〟と思っている人もいるかもしれませんが、そうではないのです。
解決に至る道をクライエントと共に探し、歩んでいくには、相手を客観的に「観察」するのではなく、主体的に関わり、その人の心に起きている現象を共に「経験」する必要があります。そのためには、セラピストが「十分に心を開いた聞き方」をすることが肝要であり、それはクライエントの心の現象の「なかにいる」ということでもあると著者はいいます。
しかしながら、これは容易ならざることです。そのことを、著者は次のように喩(たと)えて語っています。
われわれはむしろ、白刃をさげて敵の前に立つ剣士に近い。相手の動きと自分の動きは微妙に相関連し、動き方次第によっては生命を失う危険さえはらんでいるといえる。われわれは、その場のなかに生きているのだ。
病気を治す医者とは異なるものであるのが、この一文からもおわかりいただけるのではないでしょうか。医学のような「客観科学」に対し、ユングの分析心理学は、クライエントの心の動き、心理現象を課題として追求する「心の現象学」だと著者はいいます。
筆者にとって、現象学とは、「自分の視野をできるだけ拡大することに努めつつ、自分の主体をその事象に関与させることにより、その主観と客観を通じて認められる一つの布置を、できるだけ適確に把握しようとするもの」である。
河合隼雄は、客観科学としての心理学の価値も十分に認めつつ、ただし、心理療法の場面では「それのみではいかんともしがたい」と指摘しているのです。
■『NHK100分de名著 河合隼雄スペシャル』より

NHKテキストVIEW

河合隼雄スペシャル 2018年7月 (100分 de 名著)
『河合隼雄スペシャル 2018年7月 (100分 de 名著)』
NHK出版
566円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> HMV&BOOKS

« 前のページ | 次のページ »

BOOK STANDプレミアム