大久保利通が愛した「鹿児島のすし」

昔は米1升で30人分、具を何層にも重ねてつくったという、島津のお殿様好みの酒ずし。つくり方はテキストに掲載しています。(料理:福元万喜子さん 撮影:宗田育子さん)
維新への変革を遂げる功績をなし、厳しい人とも評される大久保利通(おおくぼ・としみち)ですが、一方で子煩悩で家族の絆を大事にした人でもありました。好物のひとつが「鹿児島鮨」という、薩摩特有のすし。酢飯の「さつますもじ」、あるいは酒を使う「酒ずし」と考えられます。志學館大学教授の原口 泉(はらぐち・いずみ)さんに、薩摩藩の食事文化について伺いました。

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■大久保の好物・鹿児島のすし

数々の苦難を背負う人生であった大久保利通。試練の日々を癒やした食はというと、朝食にパンと濃いお茶、また卵と砂糖、ブラン(ブランデーと思われる)を混ぜたものを少しずつとっていたといいます。岩倉使節団の副使として海外を視察し、新しい西洋の食材を普及推進する立場であったためか、また胃病もあったといわれており、消化がよく栄養のつく食事を、との思いからだったかもしれません。また漬物も好きで、ご飯とともにずらりと並べてあちこちに箸をつけ、数が多くないと気に入らなかったとのことです。
さらに大久保は郷土のすしが好物だったそうです。鹿児島の代表的なすしには「酒ずし」と「さつますもじ」があります。酒ずしは島津家のお殿様が召し上がったという豪奢(ごうしゃ)なもの。さつますもじはひな祭りやお祝いのときに身近な食材を使って家庭でつくる薩摩風のちらしずしで、「すもじ」は宮中で使われる女房言葉で、おすしのことです。ちらしずしはバラ籠(かご)と呼ばれる竹製の浅い籠に盛り付けたりもするそうです。
大久保は、自ら五目ずしをつくって食べることもあった、という家族の証言もあるほどで、おそらくどちらも好きだったことでしょう。

■酒ずしの特徴は灰持酒

さつますもじが庶民的なすしなのに対し、酒ずしは薩摩藩主好みの贅沢(ぜいたく)なもので、すしといっても酢は加えず、灰持酒(あくもちざけ)という鹿児島独特の酒をたっぷり使うのが特徴です。この灰持酒は、さつますもじのすし飯にも少々ふり、風味をつけることもあるようです。
灰持酒は木の灰を湯に溶かし、上澄みだけを取った灰汁(あく)を、清酒をつくる過程のもろみに加えて絞ったもの。この製法で保存性が高まるため「灰汁で日持ちをよくした酒」ということで灰持酒。地元では地酒とも呼ばれます。アルコール度数は約14度、こはく色で甘口。みりんのように使ったり、おとそにもするとか。今回酒ずしをつくっていただいた福元万喜子(ふくもと・まきこ)さんによると「火入れをしていないものは、酵素が働いて食材の持ち味を引き出す効果があるんです。灰持酒は酒とみりんのよいところを併せ持つ感じですね」。鹿児島ではさつま揚げの隠し味にも使うそうです。

■大久保も食べた? 酒ずし

酒ずしはもともと花見の季節のすしで、琉球塗りの桶に仕込むのが古くからの伝統です。欠かせない具は、錦江湾(きんこうわん)でとれた桜だい、たけのこ、木の芽など。これに名産のつけ揚げ(さつま揚げ)、こが焼き(卵と豆腐、白身のすり身を合わせて焼いたかまぼこ風のもの)など、具は10種以上。すべて下ごしらえをし、灰持酒をたっぷりからめたご飯、山の幸、海の幸と交互に重ねていきます。もともとは米1升、酒1升で米と酒を同量でつくったそうですが、今は酒が米の7〜8割といったところ。上に葉らんをかぶせて押しぶたをし、重石(おもし)をのせると、ふたの上に酒が上がってきます。酒ずしづくりの指導もしている福元さんによると「ご飯が酒を吸って少なくなるごとに重石を重ね、常にご飯が酒に浸るようにするのがコツ」なのだそうです。このまま約6時間おけば食べられますが、もう少しおくとご飯がさらに柔らかくなれて、おいしくなるといいます。
いただくとご飯に灰持酒がしっかりとしみ込んで、甘い香りが広がります。アルコール分はほとんど感じないものの、食べ終わるころにはほろ酔い気分。酒豪で知られる大久保も、桜の花の下で酒ずしを食べたとしたら、さぞ夢見心地の気分に酔い、ひととき癒やされたことでしょう。
■『NHK趣味どきっ! 幕末維新メシ』より

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