日本の新聞黎明期、体を張った変装潜入取材で世間を沸かせた女性記者たちがいた――。

明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記
『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』
平山亜佐子
左右社
2,200円(税込)
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 今も圧倒的に男性の数が多く、男性中心とも言われるマスコミ業界。明治時代の新聞黎明期ともなれば、婦人記者は各社片手で数えられるほどしかいませんでした。しかも運よく採用されたとしても、社会部や政治部の男性たちが一刻を争うスクープ合戦を繰り広げる横で、女性記者が書くのは家政記事やファッションに関する読み物など号外に関係のないようなものばかりだったといいます。――が、「そんな婦人記者の仕事に、邪道ながら風穴を開ける企画が誕生した」。それこそが、今回紹介する書籍『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』のテーマにもなっている「化け込み」でした。

 「化け込み」とは、「変装してさまざまな場所に入り込み、内実を記事に書いてすっぱ抜くという手法」(同書より)のこと。同書では、明治末期から昭和初期にかけて活躍した婦人記者たちの変装潜入ルポを追いかけながら、彼女たちの残した意義や魅力について、『明治 大正 昭和 不良少女伝――莫連女と少女ギャング団』などの著作を持つ平山亜佐子氏が著した一冊です。

 日本の化け込み企画のパイオニアとも言えるのが、「大阪時事新報」の下山京子。1907(明治40)年、彼女は輸入品雑貨を扱う行商人に化け、上流階級の家庭に潜入するという化け込みシリーズ「婦人行商日記 中京(なごや)の家庭」をスタートさせます。「貴族院議員の神野金之助邸の回」では、神野邸に住み込んでいる女性が列車の中で話していたうわさ話を巧みに記事に盛り込んだり、「佐藤清三郎法律事務所の回」では若奥様の行商人(を装った京子)に対する高慢な物言いを明かしたり、はたまた「私立病院副院長の佐藤勤也邸を訪れた回」では仲働きが雇い主についてこぼしていた愚痴を記したり。"上流階級の醜聞を盗み見る"と聞くと、私などは市原悦子氏が家政婦を演じたドラマシリーズ『家政婦は見た!』を思い出しますが、覗き趣味を満足させる企画というのはいつの時代も人々の好奇心をそそるものなのかもしれません。

 そして何より、「端っこに追いやられていた婦人記者が自らの企画で新聞の売り上げを倍増させて他紙にも及ぶブームを作り出すことができたという事実はまったく痛快なことではないか」(同書より)と平山氏は記します。

 このほか同書では以下のような化け込みを紹介。

・中平文子(中央新聞記者)の「化込行脚 ヤトナの秘密と正体」「化込行脚 お目見得廻り」
・北村兼子(大阪朝日新聞記者)の「人間市塲に潜行して」
・小川好子(読売新聞記者)の「婦人記者の変装探偵記 貞操のS・O・S」

 当時はキワモノ的な位置づけだった化け込み記事ですが、働く当時の女性たちの生活や仕事が見えてくるもの、また書き手である婦人記者が置かれていた立場や考え方を知ることができるものとして、今では貴重な資料になると、平山さんはその価値についても評価をしています。

 同書を読むまで「化け込み」なるものについて、存在すら知らなかった人も多いのではないでしょうか(私もそのひとりです)。同書は明治、大正、昭和初期の女性たちの知られざる仕事史としても、とても興味深い一冊と言えます。

[文・鷺ノ宮やよい]

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