映画業界で活躍するすごい映画人に、「仕事としての映画」について語っていただくコーナー。前編に引き続き、西新宿にある輸入映画ソフト専門店「ビデオマーケット(以下、ビデマ)」の店主、涌井次郎(わくい・じろう)さんにお話を聞いていきます。ホラー映画を中心にSFやカルト作品、ドラマなどのジャンルを取り扱い、この作品に出合えるのはここだけかも!?と運命を感じざるをえない独自のラインアップで映画好きを唸らせてきたビデマ。棚にずらりと並ぶタイトルは毎週100〜300程度入れ替わり、最新ラインアップをいち早くチェックしようと週3回通うファンもいるほど、好奇心あふれる映画好きにはたまらない空間です。
後編では、ビデマを買い取り、個人店として営むなかで心掛けていること、ビデマでの作業内容について、そしてそもそもいまから輸入映画ソフト専門店をはじめるのってどうなの!?などを伺いました。
(前編はこちら)
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取りこぼしてきたものを取り戻す!
時は2011年。5フロアあったうちの4階部分だけを買い取り、ビデマを個人店として続けることにした涌井さん。4年かけて買取額の返済につとめ、最後の1年は給料ゼロの月がずっと続いたという。「返済が終わったら趣味の店を取り戻せる」そんな期待を胸に、毎日を駆け抜けた。「趣味の店を取り戻す」。これは具体的にどういうことなのだろう。
「たとえば売上重視で考えたときに、自分がどんなに好きでもこれをこんなに仕入れたら予算的に足りないとか、いろんな妥協をするわけですよね。そうやって取りこぼしてきたものを極力取り戻したいなと。コストパフォーマンスやタイムパフォーマンスを重視する生活のなかで見落とされるようなものこそおもしろくてユニークなものがあったりもするので、そういったものを掬い上げたいというのがありましたね」
何百頭ものビーバーが登場する白黒コメディが爆売れ
作品選びの際、商売の観点から外せないタイトルはどうしてもある。一方、売れ行きが読めないばかりに、ビデマの会社員時代は泣く泣く手放していたものをラインアップに取り戻すのも使命としてある。そういったものをソーシャルメディアなどの力も借りながら、お店発信で広めていくことが、涌井さんの力の入れどころだ。「そんななかで大ヒットが出ると、もう推していくしかない!と宝物を見つけたような喜びがあります」
最近でいうと、販売数が100枚超えにもかかわらず、勢いが止まらないとんでもない作品があるそうだ(ちなみにビデマでは50枚売れるとヒットとみなされる)。題名は「Hundreds of Beavers」。酔っ払って自身のりんご農園を焼き尽くした主人公が、何百頭ものビーバーを倒し、北米最大の毛皮の捕獲者を目指すドタバタコメディだ。早々にBlu-rayを購入したビデマファンの熱狂ブログを通じて作品のポテンシャルを感じ、予定を繰り上げて鑑賞したという涌井さん。
「そしたら非常におもしろくてですね。推すべき映画だと思いました。それ以来、うちの店でもことあるごとに言及して、どんどん広がっています」
入荷すると1日、2日でたちまち完売。この流れが半年も続いているそうだ。まさに店発信で広まった例といえる。
「そういったものをどんな比率で並べると魅力的なお店になるのかなというのは考えていますかね」
初めて来た人でも、のんびり楽しめる空間に
ここまで聞くと、マニアであふれかえっているお店を想像するかもしれない。そんな想像から「映画は好きだけど、マニアとは言い切れない......そんな私でも行っていい!?」と少しばかりの緊張感を覚えることもあるだろう。涌井さんに店作りで意識していることを聞くと、そんな心配は溶けてなくなった。
「マニアックな世界だからこそ、閉じたコミュニティにしたくないなというのがあるんです。初めて来た人でも入りづらさとか居心地の悪さなんかを感じずに、『へえ、こんなものがあるのか』とのんびり見られるようなお店作りが常に理想としてあります」
実際に最近では初めてのお客さまや、20代、30代の若い客層も増えているそうだ。
もちろんラインアップの性質上、昔からビデマに通っていたようなマニアも決して少なくない。涌井さんとビデマへの絶大なる信頼から、リクエストを受けるのも日常茶飯事である。リクエストお断り!ということもできるなかで、涌井さんはなんとかこたえようとし、さらにはリクエストをありがたいとまでいう。
「『店長、今度こういうのが出るんですけど、取り寄せられますか』と言われて初めて、『こんなのがこんな国から出るんだ』と知ったりですね。アンテナを張ってるつもりでも、取りこぼしはいくらでもありますので。好きなものを追いかけるみなさんの情熱は素晴らしいと思います。探し出して、聞いてきてくれるのは、逆に非常にありがたいと言いますか。うまくお客さんとの関係が構築されている感覚はありますね」
1人での店舗運営は大忙し
作品選びから仕入れ作業、リクエストへの対応、そのうえ品出しやネットショップ購入者への発送作業......と、涌井さんのタスクは、1人で裁くには結構な量だ。実際に涌井さんいわく「こんなにやることがあるのかというくらいちょこまか動いていますね」とのこと。毎日のスケジュールは、こんな感じだ。
朝〜14時:メールチェックと返信→ネットショップ商品の発送準備
14時〜16時:ネットショップ商品の発送のため郵便局へ→売上管理作業→昼ごはん
16時〜20時:入荷商品の受取、品出し作業、ネットショップ商品の発送準備→仕入れる作品の情報収集、発注作業
個人店として再出発してからおよそ14年間、この流れをずっと繰り返してきた。ここはうまくできるようになったぞと手応えを感じる部分もきっとあるのではないか。尋ねてみると、お答えからはひたすらに映画好き、お客さま思いであることがにじみ出た。
「大好きな新作がどーんと届くとワーッと熱くなっちゃいまして。『これは早く......!』と作業しちゃったりするんですけれども。私が倒れると全部がストップして結果的にお客さまに迷惑をかけることになるので、強制的にスローダウンするようにしてます。そこは徐々にうまくなってきていますね」
いまから映画ソフト専門店をオープンするって、どう思いますか!?
なかなかに大変そうではあるが、熱心な映画ソフト蒐集家なら、自分の映画ソフト専門店をもつことに憧れを抱くかもしれない。ここでひとつ、どんな人がこの仕事に向いていると思いますか!?と聞いてみた。
「やっぱり研究熱心であるかどうかですかね。ただこれは自戒を込めていいますが、好きなものを選んで売るだけでは商売にならないんです。お店の商品構成一つとっても、『正直このジャンルは全然好きじゃないけど、商売としては置いておくべきだよね』とか、そういう判断もあります。1人でやっていれば、それこそお金の計算や、映画とは何の関係もない細かなことがいくらでもあるわけですよね。なので、ある種好きなことを守るために『好き以外』のことをどこまでできるかですね。それが苦もなくできる人だったらいけると思いますね」
できます......やります!そうは思えても、この時代に映画ソフト専門店をはじめるのってどうなの!?と思うかもしれない。単刀直入に聞いてみると、リアルながらも熱い答えが涌井さんの口からこぼれた。
「正直、この業態自体はこれからまだまだ広がりますよという世界ではないと思います。もう必要とされなくなったら立ち行かなくなるんでしょうけども、必要とされないで終わらせるには非常にもったいない、惜しいなと思います。それは私の場合、自分の映画史がフィジカルメディアと共に歩んできたようなものだから、ということもありますけれどね」
実店舗の力
何より涌井さんは、映画ソフトを販売していくうえで、"場"があることが重要だと考える。DVDを買うことだけが目的なら、いまやネットから手に入れることだってできるだろう。映画を観たいだけなら、配信でもことは済むかもしれない。しかし、店舗に足を運んでこそ得られる体験が確実にあるという。
「私も20代の頃、ずいぶんとこういうショップに助けられたんですよね。きつい世界から自分を守ってくれるシェルターのような存在......というとちょっと大袈裟かもしれないですけども、本当にそんな気持ちでした。何を買う買わないじゃなくても、お店にいるといろんなものを物色したり、手に取ったり、嫌なことを忘れて夢中になっているわけですよね。そういうところから解放されるような瞬間は、やっぱりインターネットでどれだけ膨大なカタログを見ていても、得られないと思うんです。場の持つ力や空気感はあると思うので、そこを大切にしていきたいなとは思っていますね」
最後に、配信にはない、物理メディアの魅力とは!?を聞いてみた。
「配信にない映画を買い求めるというのは当然一つありますよね。ただ当時、ビデオなどが普及する前は、映画を観て感動したら、パンフレットやサウンドトラックのレコードで思いを馳せてたと思うんですよ。そういったものを手に入れることで、なんとかその映画に近づきたいという気持ちがあったと思うんですよね。言ってしまえば映画って光と影で、実体のないものじゃないですか。それをどうにか我がものにしたいという根源的な欲求にこたえられるものとして、物理メディアがあるんじゃないかと思うんです。そういう魅力はあると思いますね」
映画ソフト専門店をはじめる以上に、涌井さんの温かさと刺激的なラインアップに触れにまず、ビデマに足を運びたくなる。思わず胸が熱くなる話をたくさん聞かせてもらいました。涌井さん、ありがとうございました!
(取材・文/鈴木未来)
<店舗情報>
ビデオマーケット
営業時間:月曜(12時-14時)、水〜日曜(12時-14時および16時-20時)
住所:〒160-0023 東京都新宿区西新宿7-9-13 DKY15ビル 4F


