インタビュー
映画人の仕事

第2回 宣伝プロデューサー・映画祭ディレクター/大場渉太さん(日活)【part1】

part1
超敏腕宣伝プロデューサーの、人生を変えた映画とは?

 映画業界で活躍するすごい映画人に、「仕事としての映画」について語っていただくコーナー。第2回は、今年100周年を迎えた日本最古の映画会社「日活」の宣伝プロデューサー、大場渉太さんです。卓越した話術と広い人脈を持ち、数々の映画祭の運営や映画イベント等での司会のほか、園子温監督の『冷たい熱帯魚』(2010年)、『恋の罪』(2011年)のヒットの仕掛け人としても知られる、映画業界の流浪人。一部ではポスト・淀川長治とも囁かれる大場さんが映画業界に入るまでと、その仕事ぶりを3回にわけてお届けします。


編集ひとつで変わる映画の魅力。

 大場さんは現在45歳。カラーテレビが爆発的に普及し、テレビカルチャーが花開いた時代に小・中学時代を過ごしたことから、憧れの職業は声優・俳優。中学時代には有志を集めて演劇部を結成し、演技の勉強にと8ミリカメラで映画も撮っていました。とはいえ監督や撮影、編集、脚本など裏方の作業よりも、みんな演技がしたい。じゃんけんで負けた大場さんが仕方なく演技以外を担当していたそうです。でも、映画自体の面白さに気づくきっかけとなる出来事は、裏方作業の中で起こりました。
「NGシーンをカットして8ミリフィルムを繋げるという地味な編集作業もしていたんですが、疲れていた日に順番を間違えて繋いでしまったんです。でもあとで全部通して観てみると、間違えて繋いだ部分が逆に伏線になって、適当に書いたベタな青春ドラマが全然別のストーリーに見えました。俄然面白かったんですよ。編集ひとつでこんなにも雰囲気が変わるの!?って。そこから、役者や声優よりも映画自体に興味を持つようになりました」
 運命ともいえるその日から、大場さんの日々は映画三昧に。学校が終わると500円玉を握りしめ、当時たくさんあった名画座に通い詰めていたそうです。そんな中で、2つめの運命に出会うのです。


映画少年の元に舞い降りた、物体X

「映画をむさぼるように観るなかで、どうしても何度も観ちゃう映画があったんです。それが、ジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』。特殊メイクなども含めて、すごく驚かされたんです。何度も何度も映画館に足を運んで、名画座になってからも観ました」
 『遊星からの物体X』を、常にこの俺の傍らに置いておきたい! そんな熱い思いに突き動かされた中学生の大場さんでしたが、当時はレンタルビデオ屋もない時代。3万5000円の輸入盤VHSを買うべく、西友の食品売り場でアルバイトを始めます。しかし目標金額が貯まった時に飛び込んできたのが、雑誌『ロードショー』の広告でした。

----映画・洋画、レンタルします。『ある愛の詩』『スターウォーズ』『ロッキー』.........『遊星からの物体X』 1泊2日2500円

 3万5000円を払おうと思っていた大場さんにとって、2500円は破格の安さでした。


『くりいむレモン』で映画を仕事として考え始めた
 念願の『遊星からの物体X』を1泊2500円で借りるため、広告に載っていた住所へ出掛けていった大場さん。そこは新宿御苑の雑居ビル。ビデオよりも大量に積まれた『超時空要塞マクロス』のセル画が気になりつつも、めでたくレンタルが叶いました。そして会社を経営する夫婦と話しをするうち、社長であるご主人がセル画塗りの内職をしていることも判明し、仲良くなって常連に。ついには新しく出店するという高円寺のレンタルビデオ店でアルバイトまで! そんなある日、突然社長から呼び出されます。内容は、レンタルだけやっていても厳しいから、まだ他がやっていないアニメでアダルトを作ろうと思う。というものでした。
「で、大場くんはどんなアダルトアニメがあったらぐっとくるかね?って(笑)」
 まだアダルトも観られないようなウブな中学生に聞くことか!と、思いながらも、「当時流行っていた『うる星やつら』のラムちゃん風トラ柄ビキニのお姉ちゃんが出てくる、血の繋がっていない兄弟の話」と答えたそうです。
 その後しばらくして出来上がった作品こそが、伝説の美少女アニメ『くりいむレモン』。現在に繋がる萌え系アニメの祖ともいわれ、2004年には山下敦弘監督が実写映画化したことでも知られています。大場さんが働いていたのは、その発売元である創映新社だったのです。
「引っ越したから今度からこっちに来てと言われた場所は、原宿の一等地の綺麗な場所でした。新宿の汚い雑居ビルでセル画塗りをしていた夫婦が、1本のビデオによってこんなにも変わるのか!というその時の衝撃が、映画の世界に入るきっかけでした。こんなもので変われるのか、何なんだこの業界は!と」
 人生一番の衝撃を味わった中学時代を終え、高校時代は同級生の紹介で東映撮影所でアルバイト三昧。大学進学後は映画サークルでの活動の傍ら、OBがやっていたフリーのディレクター集団「F2」でアルバイトの日々。まさに映画漬け!な学生時代を送ってきた大場さんの就職後の話は「part2」にて! 胸に響く話がいっぱいです。

« 前の記事「映画人の仕事」記事一覧次の記事 »

大場渉太 (おおば・しょうた)

1967年山形県生まれ。「株式会社日活」宣伝プロデューサー、映画祭ディレクター。大学卒業後、映画宣伝会社「P2」を経てフリーの宣伝プロデューサーに。その後日活に入社するも2年で退社し再びフリーとなり、2005年日活に再入社。宣伝プロデューサーとして園子温監督『冷たい熱帯魚』『恋の罪』などを手がける。数多くの映画祭の運営にも携わり、立ち上げから参加している「したまちコメディ映画祭in台東」ではチーフ・ディレクターを務めている。現在新たに戦略をねっている作品群に一度はブームになって消えたインド映画の日本においての復興?逆襲?の仕掛けを水面下で進めてるらしい。

BOOK STANDプレミアム