インタビュー
映画人の仕事

第1回 メディアスナイパー/奥野文子さん(ELECTRO 89)

「PRの仕事は、人見知りの私にとってのカルマ」

 奥野文子さんが携わっているのは、メディア向けの「映画のPR」の仕事。いわゆる「パブリシティ」といわれる業務です。どんな仕事かといいますと、例えば媒体担当者に対して映画の面白さであったり、その媒体にハマるポイントをプレゼンテーションしたり、映画に出演する役者を起用しての企画を提案したり。宣伝コンセプトから決める場合もあれば、すでに決まっているコンセプトの元でターゲット媒体の選定を行うところからが仕事のスタートだったりもします。いずれにしてもゴールは、メディアに効果的に露出させることで、作品を世の中に広めることです。


初めて宣伝を経験した映画は『サイバーポルノムービー IKU』

 奥野さんが映画業界に入ったのは、24歳の時。邦画・海外作品を含めた映画の配給や買い付け、製作などを行う「アップリンク」への入社から始まりました。
「実家は関西なんですけど、アップリンクの作品がすごく好きで学生の頃からよく観てました。というより、たまたまいいなと思ったものの多くがアップリンクの作品だったんですけどね」
 映画関係の会社に就職したいと思いいつつも、製作をやりたいという思いからテレビの制作会社を志すも、体調を壊して諦めることに。大学卒業後は映画とも製作とも関係ない会社で営業の仕事を経験したあと、転職情報誌を見て応募したアップリンクに入社!
「やっていたのは、社長の浅井さんのゴミのお世話を含めたケア的な部分(笑)。だけじゃなく、主に海外の映画祭や製作会社とのメールや電話でのやりとり......いわゆる海外渉外的な仕事をしてました。学生の頃、1年に何ヶ月か海外に行っていたこともあって、外国人や帰国子女の友達が多かったので、英語を使う機会が多かったんですよね」
 入社数ヶ月後、奥野さんに仕事的転機が訪れます。
「アップリンクで初めて製作した作品というのがあるんです。『サイバーポルノムービー IKU』っていうんですけど(笑)。2000年のサンダンス映画祭で、"映画祭史上の最高のミッドナイト・ムービー"と賞された作品でしたから、流行に敏感な人やトランスジェンダーな人、また音楽もカッコ良かったのでクラブミュージック好きな人たちに観に来て欲しい!という宣伝方針が掲げられました。つまり"お前のような奴に観て欲しいんだ"って言われまして。私、昔から最先端なものが大好きなもので(笑)」
 とはいえ当時は宣伝の「せ」の字も知らなかったという奥野さん。突然くだされた「宣伝をやれ!」指令のもと、誰に教えてもらうこともなく、試行錯誤しながら媒体に連絡をしたりして、宣伝の仕事をし始めました。で、入社から1年。ここでは書けない珍事件をきっかけにアップリンクを退社。フリーの宣伝マンとして活動を始めました。


メディアスナイパーとしての覚醒

 さて、冒頭から「メディアスナイパー」って何すか?と、気になっている方もいるかもしれません。これ、奥野さんがフリーになった時に使い始めた肩書きです。
「やっぱりフリーになるからには、インパクトが必要だろうと思ったんですよね。単に"宣伝"とか"PR"といった肩書きで仕事するより、もっと得体の知れない幅広い仕事がしたかったというのもあります。仕事する度に"何なのこれ?"から始まるので、ちょっと面倒でもありますけど」
 小さな作品をいくつか担当したあとに、今はなきヘラルド映画のメジャー作を担当したことがきっかけで軌道に乗っていったそう。恋の方も順調で、音楽モノの映画を担当した際に今のご主人と知り合って、2人で「ELECTRO 89」という会社を立ち上げたのが6年前。そして結婚。適齢期を迎えている方! 気になってる人がいたらまずは一緒に会社を立ち上げちゃうのもいいかもしれません。
 

ホラー映画育ちです

「映画好きになったのは、ホラー映画好きの母の影響です。80年代後半、アメリカ・ヨーロッパ系のホラーが超流行ってましたから、幼稚園の頃からなぜかふたりでレイトショーに行って、ジョージ・A・ロメロ、サム・ライミ、トビー・フーパーなどのホラー映画を観てました。で、小学校に入ると『食人族』や『ヤコベッティの残酷物語』を親戚のお姉ちゃんと一緒に観たりして。怖いのをずーっと観て育ったんです」
 ホラー映画家庭だった奥野家。ですが、宮崎勤事件が起きたのをきっかけに方針が変わりました。宮崎勤の家からホラー映画などのビデオがごっそり出てきたのを覚えている方もいるでしょう。で、ホラー観ちゃだめ! お母さんの鶴の一声をきっかけに、奥野さんの鑑賞対象はメジャー作品に移行。また、中学の終わりから高校時代にかけてレンタルビデオ屋が近所にできたのをきっかけに、マイナー作品も観るように。レンタルビデオ屋って偉大ですな。


宣伝の仕事は人好きじゃないと勤まらない?

 子どもの頃からの映画好きが高じて、映画業界を志したという奥野さん。製作がやりたくて結果的にPRの仕事に就いたけれど、今の仕事には大きな醍醐味を感じているそう。
「やっぱり人との出会いが醍醐味。面白い作品に出会うことによって、いろんな面白い方々や、普通なら会えない方に会うこともできる。自分は飽き性なところがあるんですけど、作品は似て非なるもので、同じものは絶対にない。いつも違うことにチャレンジできるし、いろんなものを吸収できる。常に刺激をもらいながら勉強させてもらってます」
  ということはつまり、人好きでないと勤まらない?
「そうです」
 とは言いつつも、実は奥野さん、人見知りな性格でもあるようです。
「友達は多い方ですけど、人見知りではあります。知らない人の前ではおすまししたりしますし(笑)。20代の頃には、自分の性格と仕事のギャップにすごく悩んでいたこともあったんです。このままこの仕事をしていていいんだろうかって」
 でも、そうして閉ざしていたら勿体ないと早々に結論づけ、人見知りを克服するという意味でも、これはカルマだ! 乗り越えるべきカルマだ!という思いに至ったそう。


映画宣伝って大変な仕事ですか?

 現在、奥野さんの会社、ELECTRO 89では、年間約10本の映画の宣伝を手がけていると言います。多いのか少ないのかよくわかりませんが、映画以外の宣伝の仕事もしているので、10本というのはわりとMAXな本数だそう。というのも、1本の映画の宣伝にかける時間は長ければ1年、平均で3〜4ヶ月ぐらい。この期間は、基本的にベタ付きで宣伝活動を行うそうです。だとすると、年間10本分を手がけるのはけっこう大変! ちなみに忙しい日の1日のスケジュールもかなり壮絶でした! 
起床は6時(睡眠時間は4〜5時間)。起きたらまずメールチェックをし(夜中にメールがきて即日で内容確認して返事をしなけばならないものもけっこうある)、家族の食事の用意をし、8時には家を出てお子さんを保育園に送り届ける。その後はカフェで再びメールチェックし(オフィスはあるけど仕事のスタイルはノマドです)、10時から21時頃までは取材や打ち合わせなどでずーーーっと人と会いっぱなしだそう。ひとりになれる時間は基本、なし。このように猛烈に忙しい日は、お子さんをお母さんのご友人に見てもらったりしながら乗り越えているそうです。
「子育てしながらやっている宣伝マンの友達も何人かいますが、子供会と称して、頑張っている自分にご褒美をあげる会を催したりして乗り切っています。子育てしながらというのは、ほんとにすっっっごい大変です。だけど子どもはかわいいですけどね。この仕事は、基本的に人のスケジュールで動かなければなりませんし、それによって自分のスケジュールも変えていかないといけない。それこそ役者さんのスケジュールなどはギリギまで出ないこともざらですし」
 マジで大変そうな仕事ですが、宣伝の仕事に必要なものってなんですか?
「気力・情熱・体力! これに尽きます!」


思い出の作品は『8 Mile』

 人見知りでも人好きならば映画の宣伝マンになれそう!ということがわかったところで、最後にメディアスナイパーの思い出に残った宣伝作品を聞いてみました。
「音楽が好きということから声をかけていただき、初めて宣伝のターゲットからパブリシティ全般まで含めて携わらせていただいた『8 Mile』です! すごくヒットもしましたし、私にとってはとても思い出に残った仕事です。HIPHOPというカルチャーを、おじさんも含めて"ちょっと面白そう"という感じに広めることができましたから。印象的だったのは、映写技師のおじさんの興奮ぶりですね。"観に来てる人がみんな帽子かぶってるぞ! しかもタグが付いたままだし、売り物のをそのままかぶってるんじゃないのか?""裸みたいな女の人が試写会に来ている!"なんて言ってましたね(笑)。おじさんたちにとってはかなりカルチャーショックだったみたいです。映画会社の人が普段は見かけないような人を呼んだりしたので、そういう意味でも面白い仕事でした」
 またこの作品をきっかけに、奥野さんの会社的にも音楽系の映画とのかかわりがより濃くなっていったのだとか。
「映画と音楽を一緒にしてムーブメントを作れたことは、自分にとっても記念になりました。この作品も8 Mileという境を超えられるかどうかみたいな話でしたが、自分の人生の中でも分岐点のようなものになってますね」
 奥野さん、ありがとうございました!
(取材・文=根本美保子)

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奥野文子(おくの・あやこ)

1975年京都府生まれ。大学卒業後、一般企業の営業職を経てアップリンクに入社。その後フリーの映画宣伝マンとなり、2006年に、ELECTRO 89を設立。映画・音楽・ドキュメンタリー作品の宣伝の他、イベント企画・PRコンサルタントなどとして活躍中! 宣伝を手がけた主な映画に『8 Mile』『転々』『TOKYO!』『劇場版神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』など。
ELECTRO 89 http://electro89.com/

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